鏑木 毅(かぶらき つよし)


鏑木 毅

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トレイルランナー

1968年群馬県生まれ。
早稲田大学競走部でロードランナーとして活躍したが、怪我のためにあえなく断念。
群馬県庁に就職後、28歳の時に出場した山田昇記念杯登山競争大会で初出場・初優勝をしたことを機に、ロードランナーからトレイルランの世界へ。その後、国内メジャーレースで軒並み優勝を飾り、ここ最近は、ロングレンジの海外メジャーレースでその力をいかんなく発揮している。 
県庁を退職し、トレイルランナーとしての活動に専念し始めた2009年シーズンには「北京エンデュランス・チャレンジ100K」優勝、「ウエスタンステイツ エンデュランスラン 100マイル」準優勝、「ザ・ノース・フェイス ウルトラトレイル・ド・モンブラン」3位など、絶対的な強さを誇る。
40代になった今も世界トップレベルをキープし、それどころか成長さえ感じさせる鏑木毅。
彼が発する経験に裏打ちされた言葉は、子供たちからビジネスマンまで幅広い聴講者の心を打つ。


 ■ PROFILE
生年月日:1968年10月15日
出身地:群馬県
身長:178cm
体重:レース時58~59kg
    オフシーズン時62~64kg
趣味:温泉巡り、伝統的な古い町並み歩き
その他:群馬県まちづくりマネージメントチーム
 

 ■ 主な受賞歴
2002年:内閣総理大臣杯(富士登山競走)
2003年:内閣総理大臣杯(富士登山競走)
 読売群馬スポーツ賞(読売新聞社)
2004年:群馬県スポーツ賞(群馬県)
2005年:内閣総理大臣杯(富士登山競走)
 2005King of Adventure Sports賞
 (アドベンチャースポーツマガジン)
2006年:群馬県スポーツ賞(群馬県)
2010年:上毛スポーツ賞 特別賞

 ■ 主な戦歴
1997年~2003年:山田昇記念杯登山競争大会7連覇
2000年、2002年、2003年、2005年:北丹沢12時間山岳耐久レース 1位
2000年:富士登山競走(5合目) 1位
2002年、2003年、2005年:富士登山競走(山頂の部) 1位
2003年:サイパンマラソン 1位
2005年:日本山岳耐久レース 1位
国内3大レース(日本山岳耐久レース、富士登山競走、北丹沢12時間山岳耐久レース)を同一年に全て制覇する「トリプルクラウン」達成。
 
2006年:富士登山駅伝(群馬県山岳連盟チームとして出場) 1位
2007年:第1回箱根エンデュランス50K 1位
2008年:THE NORTH FACE ULTRA-TRAIL DU MONT-BLANC 4位
 THE NORTH FACE
エンデュランス・チャレンジ・チャンピオンシップ・サンフランシスコ 3位
2009年:THE NORTH FACE エンデュランス・チャレンジ・チャンピオンシップ・北京 1位
 ウェスタンステイツ エンデュランスラン100マイルズ(カリフォルニア) 2位
 THE NORTH FACE ULTRA-TRAIL DU MONT-BLANC 3位
2010年:THE NORTH FACE エンデュランス・チャレンジ・チャンピオンシップ・北京 1位

※国内トレイルランニングレースにて40勝以上の戦歴を誇る

 ■ 講演
形式: 講演会・トークショー
演題: 「諦めないこころ、チャレンジするこころ」「自分への挑戦」
困難に立ち向かうことができず挫けてしまう、我慢ができない、一歩を踏み出せない。
様々な悩みを抱える子どもたちに「諦めないこころ、チャレンジするこころ」を持つことの大切さと素晴らしさ、鏑木氏の人生(レース)経験から語りかけます。

「トレイルランから学んだ心の鍛え方」「心を鍛える」
プレッシャーに押し潰されそうな心を平静に保つにはどうすればいいのか。
ストレス社会を生きるビジネスマンに、健全なメンタル維持の大切さを説き、鏑木流「一時的に心を騙す方法」「心的モラトリアムの適用」「楽しむ勇気」など、世界を走破した鏑木氏だからこそ示せる心の鍛え方を紹介します。

「世界トップトレイルランナーが教える、走る体づくりメソッド」
鏑木氏が持つトレーニングメソッドを対象者向けにカスタマイズしていきながら、走る体の作り方を指南します。トレイルランに挑戦してみたいと思っている方は、絶対に聞いておきたい情報が盛りだくさんです。

「トレイルランを通じた地域活性」
群馬県まちづくりマネージメントチームの一員でもある鏑木氏が、トレイルランを通じた地域活性化の紹介と提案。これまで行った事例を紹介し、地域活性の起爆剤にトレイルランを取り入れることのメリットや手段などをご提案します。

時間:60~90分 (30分講演の実績もあり)

 ■ メディア
<DVD>
「激走モンブラン!」/発行:NHKエンタープライズ、販売:㈱枻出版社

<書籍>
「トレイルランニング 入門からレースまで」
有吉正博、村越真、鏑木毅 編/岩波書店
「BORN TO RUN 走るために生まれたウルトラランナーVS人類最強の"走る民族"」
NHK出版 (巻末解説)
「トレイルランニング」(株)枻出版社
「トレイルランナー鏑木毅」ランナーズ
「トレイルランニング入門~森を走ろう~」岩波書店(共著)

<雑誌>
毎号連載中 PEAKS(Mountain Trip Magazine)「鏑木 毅のトレイ湯ランニング」(株)枻出版社
毎号連載中 ランナーズ「鏑木毅が考えるトレイルラン」㈱アールビーズ

<イベント>
2001年5月20日(金)~5月22日(日)開催
日本初の100マイルレース「ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)」大会実行委員長
大会公式サイト:http://www.ultratrailmf.com/index.html

 ■ オフィシャルWEBサイト

http://www.trailrunningworld.jp/

山本 ケイイチ(やまもと けいいち)


山本 ケイイチ

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トレーニング伝道師

中学時代に独学で筋トレを始め、高校で本格的な筋トレと禅に取り組む。
高校卒業後はトレーニングを極めるべく自衛隊に入隊。
初級偵察教育では隊長賞を受賞。

その後、フィットネス業界に転身し高級フィットネスクラブや老舗クラブでの経験を経て、パーソナルトレーナーとして独立。
独自のトレーニングメソッドがビジネスマンや経営者に支持され、予約のとれないトレーナーになる。
2008年5月に「仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか」を出版。たちまち11万部を超えるベストセラーに。
現在はトレーニング指導の他に、執筆、講演活動を行い、トレーニングの普及啓蒙活動をしている。

また、プライベートではボランティア活動として車椅子バスケットチームのトレーナーを務めたり、世界中の貧困に悩む子供への救済活動「くつひもチャリティー」をサポートするなど、社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

夢は「トレーニングを通じて、人と社会の可能性を広げる」こと。


 ■ PROFILE
出身地:茨城県古河市
ブログ:「山本ケイイチのサバイバルフィットネス」
ボランティア活動:「くつひもチャリティー」


 ■ 主な講演実績
大前研一のアタッカーズ・ビジネススクールセミナー(2010.7)
東急スポーツオアシスプレゼンツ2009スペシャルセミナー(2009.1)
働く女性向け「人生を変えるフィットネス」出版記念セミナー(2009.12)
自己啓発CD・ビジネス・講演CDテープセミナーパワーレクチャー(2009.2)
フィジカルワークショップ 他多数

 ■ 講演会・トークショー
「仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか」
~本当に出来るビジネスマンとしての人間力を身につける~
※主に40才以上を対象 (講演:90分)
カラダを鍛えることは、筋肉を強くすることにあらず、「人」そのものを強くすることである。
また忍耐力や修行が必要であり、その中で本人自身の「内なる気づき」を経て、長期的成功へ向かう。これは、ビジネスに取り組む上でもまったく同じことが言える。よって本当に仕事のできる人は、知能やスキルだけが高いわけではない。人間力がものを言うのだ。
11万部を超えるベストセラーになった「仕事が出来る人はなぜ筋トレをするのか」を著者が自ら
お伝えする大人気の講演!

「ビジネスマンのためのフィットネスライフ構築」
~心身の健康を養う~
※主に40代以上を対象(講演・実技時:2~3時間程度)
ビジネスマンにとって基本的スキルは、語学力でも金融知識でもない。
本当に必要な基本スキルは、心身の健康管理である。
日本社会では置き去りにされてきた健康管理スキルを、ビジネスパワーアップの視点から身近に体を動かすトレーニングメニューをおりまぜながら、体系的にアドバイスを致します!

「山本式 ビジネスパワー強化マラソンセミナー」
~3つのチカラを身につける~
※山本式メニューに忠実に取り組める方のみ対象 / 期間3~6ヶ月 月1回講習
山本自らによるスペシャルプログラムを作成、半年間の継続したマラソンプログラムを忠実に実施することで、ビジネスでも最高に仕事ができる人がもつ3つのチカラ「自信力」「セルフコントロール力」「健康力」を身につける。
また目標設定に対する振り返りを適宜行い、自分自身の気付かなかった身体的習慣や癖をどのように理解しクリアにしていくかに注力させる。
特に、壁にぶち当たるとすぐに挫けてしまう人、自己肯定感の低い人に受けて欲しいプログラム。

 ■ メディア
<TV>
フジテレビ「笑っていいとも!」
文化放送「みのもんたウィークエンドをつかまえろ」
東京FM「ブルーオーシャン」
FM J-WAVE「プラトン」
FM太田「タローでマッチョ」レギュラー出演
NHK教育「目指せ会社の星」
その他多数

<書籍>
2010 年8月「ゼロからはじめる最強筋トレバイブル」エイ出版社
2010年3月「老けない筋トレ」出版/ワニブックス
2009年11月「人生を変えるフィットネス」 出版/ディスカヴァー・トゥエンティワン
2009年10月「ビジネスマンのためのフィットネスライフ」出版/枻出版社
2008年5月「仕事が出来る人はなぜ筋トレをするのか」出版/幻冬舎新書
       

<DVD>
「ビジネスマンのためのフィットネスライフ」(総監修)
(エイムック1805サイエンス・フットネスマガジンシリーズ/¥1,470)
「鬱を吹き飛ばす5つのエクササイズ」
(エイムック1924サイエンス・フットネスマガジンシリーズ/¥1,260)
「絶対に腹を凹ませる3週間プログラム」
(エイムック1742サイエンス・フットネスマガジンシリーズ/¥1,260)
「体脂肪を落とす1日10分のエクササイズ」
(エイムック1766サイエンス・フットネスマガジンシリーズ/¥1,470)
「肩こり腰痛に効くエクササイズ」
(エイムック1880サイエンス・フットネスマガジンシリーズ/¥1,260)
「確実に腹が凹む勝負の10日間」
(エイムック1970サイエンス・フットネスマガジンシリーズ/¥1,260)

<取材>
アルフィー高見沢氏ツアーパンフレット対談記事 (2010年)
月刊「人事マネジメント」ザ・ロングインタビュー
その他ビジネス雑誌 多数

永島 俊(ながしま しゅん)


永島俊

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持ち前の身体の柔軟さを活かしたドリブルテクニックは必見!
将来有望の若手フットサル日本代表選手!


フットサル日本代表選手、Fリーガー

高校時代は前園真聖氏(元日本代表)や現日本代表の遠藤康仁選手(ガンバ大阪所属)等多くの有数選手を輩出した名門「鹿児島実業サッカー部」に所属。その後、尚美学園大学サッカー部へ進む。大学2年のときフットサルで日本代表を目指したいとの想いからフットサルへの転向を決意。出身地である府中に在籍の「府中アスレティックフットボールクラブ」に入団。持ち前の技術を活かしてサテライト(2軍)からトップ(1軍)へと順調に昇格し2009年フットサル日本代表に初選出。昨年はテレビ朝日「やべっちFC」等にも出演しフットサルの普及に一役貢献。2010年4月「ペスカドーラ町田」に移籍。将来有望なフットサル選手である。


■PROFILE
永島俊 生年月日:1988年5月9日
出身地:東京都
出身校:鹿児島実業
身長:179cm
体重:72kg
HP:公式ブログ

高倉 麻子(たかくら あさこ)


高倉麻子

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日本女子サッカー史上初となる五輪出場経験を持つ女子サッカーのパイオニア的存在。現在はサッカーU-20女子代表チーム指導者の1人としてチームマネージメントに携わり後進の育成に尽力!


(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ、元サッカー日本女子代表、元オリンピック選手

元サッカー日本女子代表
元サッカーオリンピック日本女子代表
(財)日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ、U-20女子代表コーチ
(財)日本サッカー協会A級指導者ライセンス
AFC・アジアサッカー連盟コーチングライセンスA級

福島県生まれ。10才からサッカーを始め、17歳で名門「読売ベレーザ」に入団。以降、代表キャップ数79試合29得点をはじめ、国内でもベストイレブン7回、MVP3回のタイトルを挙げる等日本女子サッカーに大きく貢献。当時日本女子サッカー史上初のアトランタ五輪にも出場。現在は、未来のなでしこジャパン候補であるU-20女子代表コーチを務め、指導者として日本女子サッカー界に必須の存在。



■経 歴
1978年 10才からサッカーを始める
1981年 東京にあるクラブチーム「FCジンナン」にてプレー(~1984年)
1983年 15才で日本代表初選出
1985年 名門「読売ベレーザ」に入団
1990年 北京アジア大会出場、銀メダル獲得
1991年 第一回FIFA女子世界選手権(ワールドカップ)中国大会出場
1994年 広島アジア大会出場、銀メダル獲得
1995年 第二回FIFA女子世界選手権スウェーデン大会出場
1996年 日本女子サッカー史上初となるアトランタオリンピック大会に出場
1999年 松下パナソニックバンビーナに移籍
2000年 シリコンバレー・レッドデビルス(USA)にてプレー
スペランツァFC高槻に移籍、2004年惜しまれつつも引退

■専門分野
サッカー、夢や継続力をテーマとした講演等。 また、サッカー指導にも定評あり。

■講演テーマ
  • 「夢がなくても夢中になって継続すれば、その先の世界が広がる」
    特別に「オリンピックに出たい」とか「日本代表になりたい」という夢を持っていた
    わけではなく、ただ大好きなサッカーを一生懸命夢中になってやっていたら、どんど
    ん道が開けて結果につながった・・・そんな自らの経験談を、夢がない・夢が持てな
    い方という方へのヒントにつながるようにお伝えします。
  • 「選手としてコーチとして学んださまざまなチームマネージメントの役割」
    女子サッカー界の名門「読売ベレーザ」で長年務めたキャプテンとして、また現在の
    「U-20女子代表コーチ」の経験を通して得た、チームをまとめる為に大切な個々の
    あるべき役割を事例を挙げながらわかりやすくお話します。

■講演実績
  • 民間団体、企業講演等多数

■メディア出演
日本テレビ系列 「どんまいスポーツ」コメンテーター(1年間)
TBS 「FIFA女子ワールドカップ」解説
NHK福島 「なでしこリーグ」解説その他なでしこジャパン解説多数

■その他
2010年現在、U-20女子代表コーチを務める傍らサッカースクールでジュニア指導にも携わる。

藤川 孝幸(ふじかわ たかゆき)


藤川孝幸

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Jリーグ人気の礎を築いた1人。明るい元気なキャラクターはピッチだけでなくお茶の間でも人気。
現在は大学サッカー部監督を務める傍ら、社会貢献活動を主としたジュニアサッカースクールを主宰。


国際武道大学サッカー部監督、サッカーコメンテーター
NPO法人藤川サッカーアカデミー代表

1962年10月10日生まれ、神奈川県川崎市出身。読売クラブユースに入団。1980年、同トップチームへ。Jリーグの創成期から数々の輝かしい成績を残し、1995年に現役引退。引退後はヴェルディ川崎サテライトコーチ就任をはじめ、2009年まで様々なJリーグのGKコーチとして活躍。2004年には「NPO法人藤川サッカーアカデミー」を設立、青少年健全育成・社会貢献地域に密着したスポーツの振興にも力を注いでいる。


■PROFILE
藤川孝幸 生年月日:1962年10月10日
出身地:神奈川県川崎市
出身校:横浜商工高校卒業
身長:184cm
体重:84kg
血液型:A型
HP:公式ホームページ

■藤川孝幸からのメッセージ
自分の生い立ちやサッカーを通して培ってきた経験を生かして、どんな環境下にあっても純粋で素直で誠実な心を忘れず、明るく心豊かに、耐える力と努力を積み重ねる真面目さを身に付けて信じていれば自分が思い描いた夢は必ず叶うという事を身を持って伝えて行きたいと思います。
サッカー以外にも、大親友でもあります新極真会代表・緑健児さんの新極真会空手にも携わらせて頂いているので武道精神や、母が鹿児島、父が福岡の人間という影響もあり、知覧の特攻隊や侍精神などの影響も強く受けて歩んでおります。1995年に現役を引退してからは、本格的にNPO法人藤川サッカーアカデミーを設立し地域密着・青少年健全育成・社会貢献にも積極的に取り組んでいます。様々な形で皆様にメッセージを伝えて行ければ嬉しく思います。

■経 歴
1962年 神奈川県川崎市に生まれる
1977年 読売サッカークラブユースチーム入団
1980年 読売サッカークラブにて選手としてプレー
1995年 ヴェルディ川崎選手として引退
1996年 ヴェルディ川崎サテライトGKコーチ就任
1997年 ヴェルディ川崎サテライト・ユースGKコーチ就任
1998年 ヴェルディ川崎トップチームGKコーチ就任(~2000年)
FCバルセロナへコーチ留学、バイエルミュンヘンへコーチ留学
2001年 ヴィッセル神戸トップチームGKコーチ就任(~2004年)、ACパルマへコーチ留学
2005年 ベガルタ仙台トップチームGKコーチ就任
2006年 甲南大学体育会サッカー部監督就任(関西学生サッカーリーグ2部優勝)
2007年 セレッソ大阪GKコーチ就任、静岡FC監督就任(東海社会人サッカー1部リーグ優勝)
2008年 アビスパ福岡GKコーチ就任(~2009年)、AZへ監督留学
2010年 国際武道大学監督就任

■講演テーマ
  • 1.【企業・団体様向け】
    《チームや組織のよりよいリーダー作りを求める》
    「藤川流チームマネージメント論~明るい組織には自然と幸せの神様が寄ってくる」
    円滑なチームマネージメントの上で大切な2つの要素とは「愛情を込めて育て上げるか」と「いかに個々の短所や欠点を個性に変えて伸ばしてあげられるか」である。
    「全ては愛情であり想いである」「組織やチームに必要なことは、明るさを絶対に失わないこと」といったマネージメントに必要な原点を、14年にも渡る数多くのJリーグや大学での指導実績で得た経験を元に藤川流の明るい元気なパワーを持ってお伝えします。
    正しく明るく厳しく誠実で、強い人間と組織とチームを目指す企業や団体にピッタリの講演。
  • 2.【学校・団体様向け】
    ≪明るく楽しく礼儀を守る大切さを子供達に伝えたい≫
    「夢をあきらめないこと一生懸命頑張ること
    ~チャリティーサッカーアカデミーを通して伝える想い~」

    チャリティー活動目的で2004年に設立した「NPO法人藤川サッカーアカデミー」。
    ジュニアサッカー教室を開催する中で伝え続ける『喜びを感じ笑顔の絶えない、その中にも厳しく礼節のある』生活の大切さ。
    そして老人ホームや小児病棟・養護施設などへの慰問活動で得た社会貢献や夢をもって生きること、頑張ることの大切さ。
    サッカー以外に長年取り組んできた、新極真会空手の武道精神である「礼儀・礼節を重んじる大切さ」と共に、明るく元気よく清々しく教育現場へお届け致します。
  • 3.【青年会議所・自治体様向け】
    ≪地域や社会に貢献目的≫
    「さまざまな人々の夢を支える社会作りを目指そう!
    ~NPO法人代表として~」

    本業の傍ら2004年に設立したNPO法人藤川サッカーアカデミー。日本全国をサッカー教室の他、Jリーガーと共に老人ホームや小児病棟、養護施設などを訪れたり、骨髄バンクチャリティー等への年間を通した活動も行っている。
    この活動を通じ社会貢献が地域や全国の子ども達、多くの人達や社会にどのような影響を与え、貢献できるかという命題を日々精進しながら、全国の方々と触れあう中で感じた氏が、地域や社会での人と人との関わりの大切さ等をお伝えします。

■講演実績
  • ロータリークラブや小学生へのサッカースクールを含めたイベント多数

■メディア出演
NHK総合 「ニュース特集~GKの条件」、「プライム10」
日本テレビ系列 「とんねるずの生でダラダラ行かせて」、「ヴェルディが好きだ」、「全日本高校サッカー選手権大会ダイジェスト」
フジテレビ系列 「S-FIELD~PK対決」 仙台放送 「スポルたん」
仙台放送 「スポルたん」
NHKラジオ 「フランスW杯ドイツ-メキシコ」
ニッポン放送 「都並クンと藤川クンの独占Jリーグエクスプレス」
「都並クンと藤川クンのイエローカードなんて怖くない」
「都並クンと藤川クンのオールナイトニッポン」他多数

山本光宏(やまもと みつひろ)


山本光宏

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日本トライアスリート界の草分け的存在。

スポーツクラブでのトライアスロンスイム担当、トライアスロン・ツアー・アドバイザー、トライアスロン講習会、講演、トライアスロンクラブチーム選手券監督、テレビでのトライアスロン競技の解説などトライアスロン普及のために幅広く活動している。

NHKトライアスロン解説者、(社)日本トライアスロン連合公式コメンテーター、元プロトライアスリート

台東区立小島小学校時代は、ヤクルトからスカウトが来たという父の影響で野球、台東区立台東中学校時代は、バスケットボール部に所属、陸上3000mで東京都大会出場、法政大学付属第二高校時代にはアメリカンフットボール部で全国大会にも出場。
高校3年の時にテレビで見た第一回皆生トライアスロン大会に感銘を受け大学2年のときに同大会に初出場、大学4年の時に結成された日本初のエリート集団「チームエトナ」に加入、本格的なトライアスリートライフがスタートする。
プロ2年目の89年、バイク練習中に、急に右折してきた車に頭から激突。第1、6、7頚椎骨折、第5胸椎圧迫骨折という、普通の人間であれば即死であったと思われる大事故に遭う。予想を上回る回復力で事故後約1年でレースに復帰。その後、着実に成績をあげ、95年度には玄海、佐渡の2大会で優勝、アイアンマンハワイでは総合24位(日本人1位)となり完全復活。事故からの復帰は、日本テレビの番組やTBSニュースでも放送された。また、石渡治氏のコミック「10月の満月に一番近い土曜日」(小学館)にも実話編として登場している。
現在は、(社) 日本トライアスロン連合・事業広報委員会副委員長・公認指導者などを務める傍らNHKオリンピックや国際大会等でのテレビ 解説、レースディレクション自身が運営するトライアスロンチーム「J-BEAT」の代 表としてチームを引っ張っている。


■PROFILE
山本光宏 生年月日:1963年9月21日
出身地:東京都台東区
出身校:法政大学・経済学部卒
身長:179cm
体重:71kg
血液型:A型
HP:公式ブログ

■主な成績
ITU世界トライアスロン選手権 元日本ナショナルチームメンバー
アイアンマン世界選手権・4年連続日本人トップ/88年・総合17位
全日本トライアスロン選手権宮古島大会優勝 など

■スポンサー
VAAM【明治乳業(株)】

■メディア出演
NHKBS「トライアスロン世界選手権シリーズ」解説
テレビ熊本「「コンチネンタルカップ天草大会」解説
SBC信越放送「野尻湖カップトライアスロンジャパンオープン2010 」解説
テレビ朝日「たけしのスポーツ大将」
TBS「ニュースの森(3回)」
日本テレビ「ゴールテープの向こう側」
マガジンハウス「Tarzan」「anan」
講談社「Hot-Dog Press」「Friday」
小学館 『10月の満月に一番近い土曜日』石渡 治
角川文庫 『スタジアムで会おう』山際淳司    その他多数

■お薦めイベント
加圧トレーニングイベント、メディア出演
トライアスロン関連イベント、メディア出演
ロードバイクイベント、メディア出演
ランニングイベント、メディア出演

■講演内容
「情熱と継続力」
生死をさまよう事故から奇跡的な復活を遂げた山本の経験から語る信念をもって諦めずに進むことの大切さをお伝えし、元気と勇気を与えます。

瀧本 誠(たきもと まこと)


瀧本 誠

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シドニーオリンピック柔道金メダリスト。
競技経験から学んだビジネスマン向け講演「土壇場で力を発揮する方法」や、ライフワークでもある子供との触れあいを大切にした親子柔道教室など多岐に渡る活動を精力的にこなす。1男1女の父親。


元柔道選手

1974年、茨城県岩井市に生まれる。
6歳で柔道を始め、柔道私学の名門「講道学舎」に入門するため単身東京へ。
弦巻中学、世田谷学園高校、日本大学と進み柔道に打ち込む。
大学在学時には、全日本学生体重別選手権大会で優勝するなど輝かしい成績を残した。
97年、98年講道館杯日本体重別選手権大会81kg級優勝。99年、00年全日本選抜柔道体重別選手権大会81㎏級優勝。00年ドイツ国際大会優勝と実績を積み重ね、念願のオリンピックへの切符を手にする。そして2000年のシドニー五輪では、前評判こそ高くなかったが、切れ味鋭い内股、袖釣り込み腰と天才肌と称される技のキレと、不動の精神力で勝ち進み、見事下馬評を覆し金メダルを獲得した。

2004年末には自分の更なる可能性を求め総合格闘技に挑戦した。途中、大きな怪我をするが、柔道時代からの不屈の精神で引退する2009年までに全11試合を戦い抜いた。引退後は、世田谷区主催の「世田谷ジュニアアカデミー」の柔道アカデミーの総合監修として幼児、小学生に社会における柔道精神の重要性、遊び心、楽しむ気持ち、礼儀、礼節を指導し、柔道の普及活動をしている。
また、プライベートではバイク好きでよくツーリングに行く。無口なイメージの瀧本だが家族・子供達への愛情は人一倍。ヨーロッパサッカーをこよなく愛し、『家族・子供と過ごす時間がすごく幸せ!』と言い切る2児のパパでもある。


■PROFILE
生年月日:1974年12月8日
出身地:茨城県
経歴:弦巻中、世田谷学園、日本大
血液型:A型
身長:174cm
体重:83kg
段位:4段

■戦歴(柔道)
1995年 アジア選手権78kg級優勝
1996年 全日本学生体重別選手権大会78㎏級優勝
1997年 全日本選抜柔道体重別選手権大会81㎏級優勝
講道館杯日本体重別選手権大会81kg級優勝
1998年 講道館杯日本体重別選手権大会81kg級優勝
1999年 全日本選抜柔道体重別選手権大会81㎏級優勝
2000年 ドイツ国際大会81㎏級優勝
シドニーオリンピック柔道81㎏級優勝
全日本選抜柔道体重別選手権大会81㎏級優勝
2001年 講道館杯日本体重別選手権大会81kg級優勝

■戦歴(総合格闘技)
2004年 PRIDE 男祭り2004 VS 戦闘竜 判定勝ち
2005年 PRIDE.30 VS ユン・ドンシク 判定勝ち
2007年 PRIDE..34 VS ゼルグ〝弁慶〝ガレシック 一本勝ち
やれんのか!大晦日!2007 VS ムリーロ・ブスタマンチ 判定勝ち
2009年 戦極~第八陣~ VS マイケル・コスタ 一本勝ち
戦極~第十陣~ VS イ・ジェソン 判定勝ち
~2009年9月の試合を最後に、全11試合を6勝5敗にて現役を引退~

■柔道指導
2009年~2010年 幼稚園向けフリーペーパー“あんふぁん”で瀧本誠柔道教室を各幼稚園で開催。
2010年4月~ 世田谷区スポーツ振興財団にて『柔道アカデミー』の総合監修を務める。

■受賞歴・活動歴
<賞>
  • 2000年 岩井市民栄誉賞
  • 2000年 茨城県民栄誉賞ベストスマイル・オブ・ザ・イヤー賞
<TV>
  • 「ジャンクSPOTRS」CX
  • 「スーパーJチャンネル」EX
  • 「@サプリッ!」NTV
  • 「上田ちゃんねる24時間くらいTV」CS
  • 他多数に出演
<雑誌・新聞>
  • 「Number」
  • 「SPORTS Yeah!」
  • 「Sportiva」
  • 「東京ウォーカー」
  • 「朝日新聞」
  • 「TARZAN」
  • 「VS.」
  • 「サッカーダイジェスト」
  • 他.多数に掲載
<イベント>
  • 「UMK青少年スポーツフェスタ」講師
  • 沖縄県八重瀬町「ふれあい柔道教室」講師
  • 2009年度『あんふぁん柔道教室』講師
  • 「サッカーW杯2010 日本代表応援イベント」
  • 他多数イベントに出演
<映画>
  • 東郷清文役 「裁判員になりました~ニュースの向こう側~」日本弁護士連合会裁判員制度PR映画
<講演>
  • 世田谷区立桜丘中学校 『夢について』
  • 慶応義塾大学「文明塾」講師

大島 めぐみ(おおしま めぐみ)


大島 めぐみ

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妻・母・競技者と3足のわらじを履くスーパーアスリート!
夫・大島健太選手とともに2012年のロンドンオリンピックを目指す。
また野菜ソムリエとして女性ランナーの美と健康を応援します!


マラソンランナー

オリンピックや世界陸上など数々の世界大会で日本代表として活躍。トラックからマラソンまで幅広い競技に対応できる日本屈指のトップランナー。2004年に同じく陸上選手である大島健太(日清食品)と結婚、その後2009年に長男を出産。現在、夫・大島健太選手と共に、妻・母・競技者として2012年のロンドンオリンピックを目指す。また、アスリートの視点から見た食事法に関しても関心が高く、2010年8月には野菜ソムリエの資格を取得。


■PROFILE
大島めぐみ 生年月日:1975年9月4日
出身地:埼玉県熊谷市
血液型:A型
身長:160cm
体重:43kg
趣味:ドライブ、食べ歩き

■主な経歴
2008.10~ フリー
2003.9 (株)しまむら
1994.4 あさひ銀行(現・埼玉りそな銀行)
1994.3 私立埼玉栄高校卒業

■主な走歴
2008.12 ホノルルマラソン 8位
2008.3 名古屋国際女子マラソン 6位
2007.1 ロックンロールハーフマラソン 2位
2007.8 ニューヨークシティハーフマラソン 6位
2006.4 世界クロスカントリー(福岡))8km 団体銅メダル
2005.8 世界陸上(ヘルシンキ)マラソン 10位(団体銀メダル)
2005.3 名古屋国際女子マラソン 2位
2004.8 オリンピック(アテネ)10000m 代表
2004.3 名古屋国際女子マラソン 2位
2003.8 世界陸上(パリ)10000m 代表
2002.3 名古屋国際女子マラソン 3位
2000.8 オリンピック(シドニー) 代表

■自己ベスト記録
5000m 15分17秒92
10000m 31分34秒01
ハーフマラソン 1時間09分59秒
フルマラソン 2時間24分25秒

■目標
  • 2012年ロンドンオリンピック、マラソンでメダル

■番組
  • 2010/7 TX「アスリート勝負食堂」

若井 敦子 (わかい あつこ)


若井 敦子

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心身ともに元気と勇気を提供する新しい空手をプロデュース。
年代の枠を越えて元気を伝えます!


空手家

1978年10月、小学校1年生の時、交通事故による後遺症のリハビリテーションとして、剛柔流空手道を学び始める。身体を鍛えることが当初の目的であったが、空手道に夢中になっていくうちに、気が付けば後遺症を克服し、競技という勝負の世界に身を置くようになる。進学した高校には空手道部がなく、自ら同好会を結成しインターハイに導いた。
結果を出せず苦悩の日々を過ごし引退をも考えたが、猛練習の末、1997年7月「東京世界女子選手権」において初優勝。それ以降、現存する全ての国際大会において優勝を収める。これまでの常識をくつがえし、社会人となって開花したことから「遅咲き」ともよばれているが、その姿勢からは同世代の共感を呼び、次世代の可能性を広げることとなった。地元岐阜県では、一日警察署長や郵便局長、青少年育成に関するポスターや交通安全CMの出演協力、長良川球場オープン戦の始球式など、多方面で活躍している。
現在は、地元岐阜TVでレギュラー番組を持ち、講演などを精力的にこなすかたわら、これまでの形式にとらわれず年代を越えて、心身ともに元気と勇気を提供する新しい空手スタイル「Encouraging(エンカレッジング)空手」をプロデュース。日々、空手の普及に努めている。



■PROFILE
生年月日:1971年9月12日
出身地:岐阜県
血液型:B型
段位:全日本空手道連盟 公認4段
資格:健康運動指導士
   日本体育協会 公認コーチ
趣味:舞台鑑賞
出身校:近畿大学短期大学部商経科卒業

■主な戦歴
【海外】
世界空手道選手権 ('98、'00、'02、'04)4連覇(大会史上初)
ワールドゲームズ ('97、'01、'05)3連覇
ワールドカップ ('97)優勝
オープン・ド・パリ ('03)優勝
アジア競技会 ('98、'02)2連覇
アジア選手権 ('97、'99、'01、'04)4連覇

【国内】
全日本選手権 ('97~'04)8連覇
国民体育大会 ('97、'98、'99、'01、'02)優勝5回
全日本実業団選手権 ('93、'95、'96~'01)優勝8回

■主な成績
1993年 岐阜市体育協会 最優秀選手賞表彰
岐阜市教育委員会 教育功労者表彰
1994年 岐阜県民栄誉賞(平成10年、12年も受賞)
1996年 岐阜新聞社 岐阜新聞スポーツ賞
1997年 岐阜県教育委員会 競技会等成績優秀者教育長表彰
中日新聞社 中日ぎふ体育顕彰
1998年 岐阜県体育協会 国民体育大会賞
読売新聞社 日本スポーツ賞
1999年 岐阜市民栄誉賞
岐阜県教育長表彰
中部運動記者クラブ 中部スポーツ賞特別賞
2000年 岐阜県知事特別表彰
2003年 岐阜県民栄誉大賞(現在、受賞者4名)
文部科学省表彰
JOCスポーツ賞優秀選手賞
2005年 文部科学省スポーツ功労者顕彰

■主な活動歴
<メディア>
●テレビ
・岐阜放送 レギュラー出演 「若井敦子のここに人あり」
・NHK教育 「ETV日本の母」
・NHK総合 「ほっとイブニング」「さらさらサラダ」
・NHK BS1 「ワールドゲームズ2001秋田」
・日本テレビ 「ニュースプラス1」「ズームイン朝!」
・TBSテレビ 「炸裂!スポーツパワー」「朝ズバッ!」
・BSi 「ワールドゲームズ2005ドイツ」
・CBCテレビ 「大石でいこう!」「報道番組 イッポウ」
・中京テレビ 「愛知万博特別番組」
・岐阜放送 「忙中閑談」
ほか

●ラジオ
・TBSラジオ 「大沢悠里のゆうゆうワイド」
・ニッポン放送 「みんなでニッポン日曜日」
・岐阜エフエム放送 「モーニングバード メッセージ~私のハート」
ほか

●新聞
・スポーツニッポン
・中日新聞
・中日新聞 ショッパーぎふ
・岐阜新聞
・日経新聞
ほか

●雑誌
・Number
・女性自身
・THE GOLD スポーツマン解体親書
・週間ポスト
・週間文春
・JK Fan
・月刊空手道
・岐阜商工月報
・MASTER OF KARATE(アメリカ)
・American Samurai(アメリカ)
・Canada Vancouver Shinpo(カナダ)
ほか

<イベント>
・岐阜県警察 1日司令室長
・岐阜中警察署 1日警察署長
・岐阜中央郵便局 1日郵便局長
・岐阜長良川球場 始球式
・ぎふ信長まつり 信長公騎馬武者行列 吉法師役
・スポーツチャレンジぎふ 空手世界一 若井選手の空手教室
・キッズパラダイス6 トークショー・サイン会・大演武会・アミュージング空手披露
・ビューティー空手
・岐阜高島屋開店30周年記念イベント 空手チャレンジライブ
ほか

<広告・CM>
・岐阜県高齢者の交通事故防止キャンペーン
・岐阜県警察 暴力団撃退マニュアル
・少年非行防止
・MSリーダーズ

呂比須 ワグナー (ろぺす わぐなー)


呂比須ワグナー

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Jリーグ草創期に活躍した名Jリーガー!
加茂周氏の教え子でもある。


サッカー元日本代表 ブラジルパウリスタFCコーチ

15歳でブラジルの名門サンパウロFCに入団。翌年プロ契約を結ぶ。
ジュベニール(16歳~17歳)のブラジル代表にも選出された。
サンパウロFCの大先輩であるオスカー(元京都パープルサンガ監督)の誘いがあり、日本でプレーすることを決意。18歳で日産自動車サッカー部(現横浜 F・マリノス)に所属し、加茂監督のアドバイスを受け、日本でのプレースタイルを確立。日産で3年間プレーした後、日立(現柏レイソル)-本田-ベルマー レ平塚(現湘南ベルマーレ)-名古屋グランパスエイト-FC東京に在籍し、アビスパ福岡で選手生活を終えた。
その間、得点王4回、ベストイレブン4回、天皇杯優勝('99)というタイトルを獲得。97年に日本国籍を取得し日本代表へも選出される。現在はブラジルに滞在し指導理論とマネジメントを勉強し、サンパウロ州のパウリスタFCアシスタントコーチとして活動中。
また日本サッカーの普及活動に努めるため、日本-ブラジル間を往復している。


■PROFILE
1987-1990 日産自動車 JSL
1991-1992 日立 JSL
1992-1994 柏レイソル JFL
1995-1996 本田技研 JFL
1997-1998 ベルマーレ平塚 J
1999-2000 名古屋グランパスエイト J1 ※1999 第79回天皇杯優勝
2001 FC東京 J1
2001 アビスパ福岡 J1
2002 アビスパ福岡 J2
2005~ パウリスタFCコーチ(サンパウロ州)
Jリーグ通算 J1 125試合出場69得点
J2 19試合出場6得点

●主な代表歴
国際Aマッチ 20試合出場 5得点

●個人タイトル
得点王 1991,1993,1996,1997
ベストイレブン 1993,1994,1996,1997

■主なメディア活動歴
●著書
『呂比須』
呂比須ワグナー (著)
出版社: 小学館

『ライジングサン(1)~(2)』
一志治夫(原作) , さかもとたけし(作画)
出版社: 小学館

吉村 祥子 (よしむら しょうこ)


吉村 祥子

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レスリング界で草創期から活躍したプレイヤー。
いわば強豪日本の基礎となる強さを作り上げた名選手。


スポーツインストラクター/レスリングコーチ

成城学園高校3年から競技を始め、女子レスリング草創期から活躍、強豪日本の基礎を築く。1989年の世界選手 権44キロ級で初優勝、日本人選手初の世界女王に輝く。その翌年も連覇し、1993年からは3連覇を達成。計10回出場し、9個のメダルを獲得(金5個・ 銀1個・銅3個)。メダルを逃したのは1度だけという強さを誇る。
アテネ五輪からの女子種目採用に伴い、女子レスリング第一人者としてただひとり48キロ級の代表に挑んだが、最終予選で敗れる。2004年11月、膝の古傷が回復せず、競技生活にピリオドを打つ。19年間の長いレスリング競技生活の中で、その実力はさることながら、達人とも言える減量や、40回以上に渡る 世界遠征など様々な経験を持つ。今後はこの経験を活かし、後進の指導、レスリングの普及、発展強化に努め、レスリングだけに留まらず、スポーツインストラクターとして、スポーツ界の発展に幅広く携わっていく。


■PROFILE
所属:株式会社ウイントアーツ/エステティックTBC/代々木クラブ(レスリングクラブ)
生年月日 :1968年10月14日生
出身地 :神奈川県藤沢市
身長/体重 :153cm/48kg
レスリング歴 :1986年4月~2004年11月
出身校: 成城大学経済学部経営学科(1991年3月卒業)
現在の活動 :
・日本レスリング協会 評議員
・全日本マスターズレスリング連盟 理事
・財団法人スポーツ会館 評議員
・日本オリンピック委員会(JOC) 強化スタッフ(コーチング)
・女子レスリング・代々木クラブコーチ
資格:
・FILA International Coach's Licence(国際レスリング連盟認定 国際コーチライセンス)

■主な国際大会での戦歴
●世界選手権
1989年 第2回世界女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝/日本団体優勝
1990年 第3回世界女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝/日本団体優勝
1993~
1995年
第6回~第8回世界女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝/日本団体優勝
※3年連続5度目の世界チャンピオン/メダルランキング世界第1位
1999年 第12回世界女子レスリング選手権大会(スウェーデン)46kg級 4位/日本団体2位
※10回世界選手権出場のうち5金メダル(世界記録樹立)

●アジア選手権
1996年 女子レスリングアジア選手権大会(中国)44kg級 優勝/日本団体優勝
1997年 女子レスリングアジア選手権大会(台湾)46kg級 優勝/日本団体優勝
2000年 女子レスリングアジア選手権大会(韓国)46kg級 優勝/日本団体優勝

●その他国際大会
1990年 サンキストカップ(アメリカ)44kg級 優勝
1991年 国際女子レスリング選手権大会(台湾)44kg級 優勝
1992年 国際女子レスリング選手権大会(モスクワ)44kg級 優勝
1993年 ドイツ国際女子レスリング選手権大会(ドイツ)47kg級 優勝
1997年 サンキストカップ(アメリカ)46kg級 優勝
2001年 カナダ・クラウスマン国際トーナメント大会(カナダ)46kg級 優勝
2004年 オセアニア選手権大会(グアム)48kg級 優勝 / 日本団体優勝 最優秀選手賞

■主な国内大会での戦歴
●全日本選手権
1989年 第3回全日本女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝
1990年 第4回全日本女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝
1992年 第6回全日本女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝
1993年 第7回全日本女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝
1994年 第8回全日本女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝
1995年 第9回全日本女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝
1996年 第10回全日本女子レスリング選手権大会 44kg級 優勝
2001年 天皇杯・全日本女子レスリング選手権大会 48kg級 優勝

●オープントーナメント
1986年 第1回全日本女子レスリングオープントーナメント大会 44kg級 優勝/最優秀選手賞
1991年 第5回全日本女子レスリングオープントーナメント大会 44kg級 優勝
1992年 第6回全日本女子レスリングオープントーナメント大会 44kg級 優勝/優秀選手賞
1993年 第7回全日本女子レスリングオープントーナメント大会 44kg級 優勝/優秀選手賞
1994年 第8回全日本女子レスリングオープントーナメント大会 44kg級 優勝

●ジャパンクイーンズカップ
1999年 レスリング ジャパンクイーンズカップ1999 46kg級 優勝
2000年 レスリング ジャパンクイーンズカップ2000 46kg級 優勝

■主な受賞歴
東京都知事賞 1987年
テレビ朝日ビックスポーツ新人賞 1989年
神奈川県スポーツ優秀選手 平成3~8年度
日本スポーツ賞(読売新聞社) 1993、1994年
年間最優秀選手賞(日本レスリング協会主催) 1993~1995年

■メディア出演歴
●2003年
1月25日 テレビ朝日系「ニュース&スポーツ」Road to Athens
1月31日 テレビ朝日系「ニュースステーション」アテネ新種目女子レスリング
●2004年
8月25日 テレビ朝日系「スーパーモーニング」
アテネオリンピック女子レスリング浜口京子選手判定結果解説
8月25日 日本テレビ系「ザ!情報ツウ」
アテネオリンピック女子レスリング浜口京子選手判定結果解説
●2006年
8月7日 テレビ東京系「ド短期ツメコミ教育 豪腕!コーチング」
豪腕!コーチング!!女子レスリング対決、10日間で完全マスター企画 コーチとして

■主な講演テーマ
レスリング
私とレスリング/減量について/自分の受けてきた指導について

教育関連
指導者として/感謝の気持ちについて/目標に向かって努力することについて
世界の国々を周ってみて/子供教育においてのスポーツの大切さについて

教育関連(子供たちに向けて)
夢をつかむことについて/子供たちにレスリングを教える(実演あり)

吉原 知子 (よしはら ともこ)


吉原 知子

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元全日本女子バレー主将。
2大会ぶりにチームをアテネオリンピック出場に導いた『闘将』が語る、如何にしてモチベーションを高めるか?厳しさの中のやさしさの出し方、チーム内求心力を得るためには?
奇跡のような体験を元に、語ります。


元全日本女子バレーボール選手 主将

日本女子バレーボール界、悲願の五輪出場をかけて望んだ2004年アテネ五輪予選で「優勝請負人」として主将に抜擢される。柳本ジャパンの精神的支柱として、闘志を前面に出すスタイルでチームを牽引。見事「アテネ五輪出場」を果たし、日本中を沸かせた姿は記憶に新しい。
国内のみならずイタリアでの海外プレーの経験も併せ持ち、また、国内では所属した全てのチームで優勝という華やかな戦績と五輪出場3回の経験は日本女子バレーボール界の「至宝」と言っても過言ではない。
現役生活18年に終止符を打つが、今後のバレー界のみならずスポーツ界全体から“その後”に注目が集まっている。後進の育成や、自己の活動の幅を広げ「更なる飛躍」を誓い活動を展開している。


■PROFILE
生年月日:1970年2月4日
血液型:A型
出身地:北海道妹背牛町
出身校:北海道立妹背牛商業高校
身長:180cm

■主な戦歴
1988年3月 北海道立妹背牛商業高校卒業
1988年4月 日立ベルフィーユ入部
1995年1月 イタリアセリエAアンコーナ入団
1995年2月 イタリアセリエAローマ移籍
1996年1月 ダイエーオレンジアタッカーズ入部
1999年6月 東洋紡・オーキス入部
2000年7月 パイオニアレッドウイングス 入部
2006年5月 同チーム退団 現役を引退

■主な成績
オリンピック出場3回
(1992年バルセロナ、1996年アトランタ、2004年アテネ)
世界選手権出場2回
(1990年北京大会 1994年ブラジル大会)
ワールドカップ出場3回
(1991年、1995年、2003年 日本)
日本リーグ優勝 3回(日立)
日本リーグ個人賞 ベスト6 3回 スパイク賞 1回
Vリーグ優勝 4回
(ダイエー1回、東洋紡1回、パイオニア2回)
Vリーグ個人賞 MVP 5回、ベスト6 4回 スパイク賞1回 敢闘賞 1回

吉田 光希 (よしだ みつき)


吉田 光希

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卓球選手では珍しい運動神経とパワー!
これからの活躍が期待される注目株。


卓球

青森山田高校卒業後、世界で活躍することを目指し国内外で強化訓練中。小学6年生の時、愛媛県の陸上競技大会の ソフトボール投げで67m38cmという大会記録で優勝。卓球競技では珍しい、ずば抜けた運動神経と並外れたパワーを兼ね備えており、ダイナミックなプ レーが持ち味のパワフル選手である。


■PROFILE
生年月日:1984年5月17日
出身地:愛媛県南宇和郡愛南町
出身校:青森県青森山田高校
身長:168cm
線型:右シェ―ク両面裏ソフトオールラウンドプレイヤー

■主な戦歴
1996年 全国ホープス大会(小学校6年生以下の部) 準優勝
1998年 全国中学校大会 シングルス  ベスト8
ジュニア・ポーランドオープン 団体2位、ダブルス2位、シングルス4位
ハンガリーオープン 団体2位、ダブルス2位、シングルス8位
1999年 全国中学校大会 シングルス ベスト8
2002年 インターハイ シングルスベスト16
全日本選手権 シングルス32
2003年 広島国際オープン ダブルス優勝(パートナー四元奈生美)
全日本選手権 シングルス32
2006年 全日本選手権 シングルス29位

湯本 優 (ゆもと ゆう)


湯本 優

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医師免許を持つ異色のトップアスリート。
スポーツ選手として、医師として、様々な見地を持つ。


XTERRA・MTBプロアスリート/医師

15歳でマウンテンバイク競技と出会って以来、95、96年には世界選手権ジュニア日本代表に選出されるなどトップアスリートとして活躍。
順天堂大学医学部入学後、プロアスリートとしての活動を再開し、2000年には再び世界選手権大会日本代表に選出され実力をアピール。
現在はトライアスロンのオフロード版「X-TERRA」という新たなフィールドで世界のトップを狙い、挑戦し続けている。
現在はドクター、アスリート両面の知識、経験を活かし、様々な人々に幸せを提供できるメディカルフィットネスのビジネスネットワークを構築しつつ、アスリートとしても活躍している。医師免許を持つアスリートとして今後の活躍が期待される。


■PROFILE
生年月日:1978年9月4日
身長:177cm
体重:67kg
血液型:O型
出身地:千葉県
資格:医師免許

■主な戦歴
1995年 MTB 世界選手権ジュニア代表
1996年 MTB 世界選手権ジュニア代表
2000年~2005年 MTB 世界選手権日本代表(6年連続)
2001年 X-TERRA Japan National Championship 優勝
2002年 X-TERRA Japan National Championship 優勝
2003年 X-TERRA 日本ランキング1位
2004年 X-TERRA Japan National Championship 準優勝
2005年 X-TERRA Japan National Championship 優勝
2006年 X-TERRA SAIPAN  準優勝
2007年 順天堂大学医学部卒業・医師免許取得

■主なメディア活動歴
●雑誌
・Tarzan(連載中)
・ソトコト
・GQ
・BAILA
・S-Cawaii
・Bicycle Navi Summer号
・Cycle Sports号
・BE-PAL  他

●テレビ・ラジオ
・J-WAVE 「ANAワールドエアカレント」
・Sports-I ESPN

●広告
・ワコールCW-X(TVCM)
・NIKEランニング(ウェブ)

■主な講演テーマ
●子ども・親に向けて
・文武両道
・スポーツによる人間教育
・正しい栄養とスポーツ

●F1女性
・美
・インナービューティー
・ダイエット

●中高年男性
・カッコよく、健康なカラダを手に入れる

山本 美憂 (やまもと みゆう)


山本 美憂

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オリンピック一家に生まれ、父の成し得なかった夢を受け継ぎ家族一丸で目標に立ち向かいます。
娘として姉として、女として母として、そして一人のアスリートとして、家族の大切さを語ります。


スポーツコメンテーター

父・山本郁栄氏(ミュンヘン五輪出場・現日体大教授)の影響もあり、小学生の頃からレスリングを始め、史上最年 少(17歳)で世界選手権を制した。強さと美しさを兼ね備えた選手として女子レスリング界の第一人者となる。結婚して一児の母となり、現役選手を引退して いたが、女子レスリングが2004年アテネ五輪で初めて正式種目となることが決まり、五輪挑戦の夢を捨てきれず現役復帰を決意。妹の聖子(ジャパンビバ レッジ)と共にオリンピック出場へ向け、2002年の天皇杯で3度目となる現役復帰を果たす。2004年2月に行われたオリンピック代表選手選考試合であ るジャパンクイーンカップで惜しくも3位となり、残念ながらアテネ五輪の出場権の夢を逃した。 現在でも女子レスリング界のパイオニアとして、多くのファンや後輩から支持されている。


■PROFILE
生年月日:1974年8月4日
出身地:神奈川県
身長/体重:156cm/48㎏

■主な戦歴
1991年 世界レスリング選手権大会 優勝(史上最年少)
1994年 世界レスリング選手権大会 優勝
1995年 世界レスリング選手権大会 優勝
1999年 クイーンズカップ 決勝進出
アジア選手権大会 優勝
全日本女子レスリング選手権 優勝
2002年 <アテネ五輪へ向け復帰>
天皇杯全日本選手権 決勝トーナメント1回戦敗退
2003年 ジャパンクイーンズカップ 準優勝
天皇杯全日本選手権 3位
2004年 ジャパンクイーンズカップ 3位

■主なメディア活動歴
●テレビ
日本テレビ「ズームイン!!スーパー」準レギュラー
その他多数テレビ・ラジオ番組出演中

■講演会演題例
「夢をあきらめない」
「私のレスリング人生」

■講演会近年の実績
板橋区 シネマ&トーク 出演
アップルスポーツカレッジ講演会

■主催事業
キッズレスリング教室
山本美憂の「レッスルエクササイズ」(企画中)

山本 聖子 (やまもと せいこ)


山本 聖子

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五輪出場を目指すも叶わず。
レスリング普及のため、メディアで活躍中!


スポーツコメンテーター

幼少の頃から姉美憂・兄徳郁の影響でレスリングを始め、94年全日本女子選手権44kg級に13歳で3位に入賞し頭角を現した。その後ジュニアクラスで数々のタイトルを獲得していった。
1999年の世界女子選手権51kg級で初優勝。その後も00年、01年、03年と世界選手権を4度制した。2004年のアテネ五輪選考大会であったク イーンズカップでは、55kg級で吉田沙保里選手(アテネ五輪金メダリスト)と熾烈な代表争いの末、惜しくも敗戦しオリンピック出場の夢は叶わなかった。 その後膝などの怪我に悩まされ、2年近いリハビリ生活を送ったが2005年の全日本女子レスリング選手権の59kg級で優勝し、完全復活を遂げた。
2006年7月現役引退を表明し、現在はレスリングやスポーツ全般の普及の為、テレビ、ラジオ等のメディアで活動している。


■PROFILE
生年月日:1980年8月22日
出身地:神奈川県横浜市
身長:163cm

■経歴
1994~95年 全日本女子オープン選手権 優勝
1996~2000年 JOCジュニアオリンピック 優勝
1996年 ショーブ女子国際大会 優勝
1997年 アジア選手権大会 優勝
1998年 全日本女子オープントーナメント 優勝
1999年 全日本女子レスリング選手権 2位
1999年 ジャパンクイーンズカップ 優勝
1999~2001年 世界女子レスリング選手権大会 優勝
2000~2001年 全日本女子レスリング選手権 優勝
1999~2001年 Jr世界選手権 優勝
2002年 カナダカップ 優勝
2003年 世界女子レスリング選手権大会 優勝
2003年 クリッパン国際大会、ポーランドオープン 優勝
2004年 ジャパンクイーンズカップ 2位
2005年 全日本女子レスリング選手権 優勝
2006年 アジア女子選手権 優勝

■主なメディア活動歴
●テレビ
日本テレビ「女子レスリング世界選手権」 *レポーター
フジテレビ「ジャンクスポーツ」 *ゲスト
日本テレビ「踊る!さんま大御殿」 *ゲスト
ほか

山口 素弘 (やまぐち もとひろ)


山口 素弘

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現役時代の17シーズン中14シーズンをキャプテンとしてプレー。日本サッカー史上初のW杯出場を遂げた日本サッカー界「ボランチ」の歴史を築いた中心選手


サッカー解説者

1969年1月29日、群馬県生まれ。前橋育英高校時代には群馬県代表として国体にも出場、東海大学時代は選手権でMVPを獲得するなど当時から活躍。
プロ選手生活ではリーグ現役生活17シーズン中、14シーズンで主将を経験した類稀なキャプテンシーの持ち主であり、Jリーグが発足してから唯一15年間スタメン出場を果たした。
また、日本代表として98年フランスW杯中心選手として活躍。アジア最終予選第3戦、国立競技場で行われた韓国戦でのループシュートは今や伝説として語り継がれ、多くのサッカーファンの記憶に残る。
現在はサッカー解説者として各種メディアへ出演するほか、後進の指導を行っている。


 ■PROFILE
生年月日:1969年1月29日
身長:177cm
体重:72kg
血液型: A型

出身地:群馬県高崎市
出身校:東海大学卒業

 ■経歴
1984年 前橋育英高等学校入学
1985年 鳥取国体に群馬県代表として出場
1987年 全国高校サッカー選手権大会に出場
同4月に東海大学入学
1988年 全日本大学サッカー選手権大会で優勝(尚、東海大学はこの年が同大会へ初出場であり、この年を含めて6年連続で決勝に進出)
関東選抜(対関西選抜戦)に選出され、同試合にてMVPに選出される
また、1学年下で礒貝洋光、澤登正朗が加入し、ポジションを守備的ミッドフィルダーに移す
1989年 全日本大学サッカー選手権大会で準優勝
1990年 全日本大学サッカー選手権大会で2度目の優勝
同年、ユニバーシアード(サッカー競技)日本代表に選出
全日空に入社し全日空クラブの選手に(当時の監督は加茂周氏)
1991年 Jリーグの前哨戦であったヤマザキナビスコカップに出場
1993年 Jリーグの開幕により、所属を横浜フリューゲルスに移籍
8月19日 対浦和戦にてJリーグ初ゴール
1994年 天皇杯で優勝
1995年 インターコンチネンタルカップにおけるナイジェリア戦で日本代表デビュー
8月 第1回アジアスーパーカップで優勝
1996年 Jリーグベストイレブンに選出
1997年 フランスW杯アジア最終予選に向け日本代表に選出
同年、Jリーグベストイレブンに選出
日本代表としてフランスW杯に出場(日本代表は3戦全敗でグループリーグ敗退)
8月16日 Jリーグオールスターに初出場
10月29日 横浜フリューゲルスと横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)の合併発表により、12月に名古屋グランパスエイトに移籍発表
1999年 横浜フリューゲルスとして最後の試合となった天皇杯にて優勝
同年JリーグアウォーズでJリーグ優秀選手賞選出
2000年 天皇杯優勝
2002年 アルビレックス新潟に移籍
2003年 キャプテンとしてアルビレックス新潟をJ1に導く
2004年 Jリーグオールスターに出場
新潟県中越地震チャリティーマッチにジーコジャパンドリームチームの一員として出場
2005年 アルビレックス新潟からJ2横浜FCに2006年1月31日までレンタル移籍
横浜FCに完全移籍
2006年 キャプテンとして横浜FCをJ1昇格に導く
2007年 惜しまれつつも現役引退
現在はサッカー解説者として、「すぽると!」(フジテレビ)土曜レギュラーや国内外のサッカー中継で活躍する他、サッカー教室や講演会も実施。
また、指導者を目指しライセンス取得にも取り組んでいる。

 ■所属チーム歴
1990-1992年 全日空
1992-1998年 横浜フリューゲルス
1999-2002年 名古屋グランパス
2003-2005年 アルビレックス新潟
2005年~2007年 横浜FC

 ■代表歴
1995年 インターコンチネンタルカップ ダイナスティカップ出場 キリンカップ アンブロカップ出場
国際Aマッチ58試合出場 4得点
1996年 カールスバーグカップ キリンカップ AFCアジアカップ出場
1997年 フランスW杯アジア予選一次・最終予選 キングスカップ出場 キリンカップ JOMO CUP 出場
1998年 フランスW杯 ダイナイスティカップ キリンカップ出場

 ■タイトル
1996年 Jリーグベストイレブン選出
1997年 Jリーグベストイレブン選出
1998年 Jリーグオールスターサッカー選出
1999年 Jリーグ優秀選手賞
2004年 Jリーグオールスターサッカー選出

 ■Jリーグ出場記録
2007年 20試合出場 
2006年 28試合出場 5得点
2005年 18試合出場 1得点
2004年 29試合出場 2得点
2003年 42試合出場 4得点
2002年 25試合出場 2得点
2001年 28試合出場 1得点
2000年 28試合出場 1得点
1999年 29試合出場 2得点
1998年 34試合出場 7得点
1997年 19試合出場 6得点
1996年 28試合出場 8得点
1995年 41試合出場 3得点
1994年 34試合出場 2得点
1990~1992年 22試合出場  1得点

 ■講演例
【講演テーマ】
モチベーションアップ・夢・情熱・逆境・チームワーク

【演題】
逆境を乗り越えて

【エピソード】
◇学生時代の苦労
◇所属チームの突然の消滅
◇恩師との出会い
◇33歳で戦力外通告を経験
◇アルビレックス新潟J1昇格への道のり

【メッセージ】
学生さんへ:
~「待つ」のではなく自ら「動き出す」~
 ・辛い時でも与えられた環境でやり抜くことで、次のステージが見えてくる
 ・ただ何となく日々を過ごすのではなく、目標を持ち、それに向かって日々努力することが大切。

すべての方へ:
~自分を信じることで道は必ず開かれる~
 ・何があろうと強い信念と「ぶれない軸」を持つことで困難を乗り越えられる。
 ・「夢」と「情熱」があるからこそ苦しいときも頑張れる
 ・逆境を乗り越えたとき、自分の力となり、必ず成長できる。

八木沼 純子 (やぎぬま じゅんこ)


八木沼 純子

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女子フィギュア界の先駆者。
プロとして華やかに舞い続ける氷上のバレリーナ。


プロフィギュアスケーター/プリンスアイスワールド2007 リーダー

5歳からスケートをはじめ、早くから国際大会で活躍。1988年世界ジュニア選手権2位、同年カルガリー五輪出場。1993年冬季ユニバーシアード大会優勝、同年アジアカップ優勝。1994年NHK杯3位。
1995年プロに転向し、現在はプリンスホテルに所属。プリンスアイスワールド等でプロフィギュアスケーターとして活動しながら、テレビやラジオでスポーツキャスター、コメンテーターとしても活躍中。


■PROFILE
生年月日:1973年4月1日
出身地:東京都
血液型:B型
出身校:早稲田大学 教育学部
所属:株式会社プリンスホテル

■主な成績
1988年 世界ジュニア選手権大会 2位
カルガリー冬季オリンピック出場
1991年 世界選手権大会 11位(世界選手権7回出場)
1993年 アジアカップ 優勝
冬季ユニバーシアード大会(ポーランド)優勝
1994年 NHK杯国際フィギュアスケート大会 3位
1995年 3月 世界選手権を最後にアマチュア引退

■主なメディア活動歴
●テレビ・ラジオ
・フジテレビ「FNNスーパータイム」 スポーツキャスター
・1996アトランタオリンピック 現地レポーター
・1998長野オリンピック 現地レポーター
・2002ソルトレークシティオリンピック 現地レポーター
・2006トリノオリンピック 現地レポーター
・フィギュアスケート「四大陸選手権大会」レポーター/解説
・日本テレビ「シャル・ウィ・ダンス?」 他

●著書
「氷上のアーティストたち 日本フィギュアスケート」 日本経済新聞社
「女子フィギュアスケート 氷上に描く物語」 角川ONEテーマ21

森川 太地 (もりかわ たいち)


森川 太地

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森川 太地(もりかわ たいち)

ビーチバレー

脱サラそしてプロビーチバレープレーヤーへ
1999年、2000年ビーチバレージャパン2連覇を達成後、一度はビーチバレー界を離れた。しかし、もう一度ビーチバレーをやりたい、ビーチバレーで世 界の頂点を目指したい、その気持ちが森川を動かした。専修大学卒業後入社した東京ガス、V1リーグでエースとして活躍していたチームを引退とともに 2004年12月退社。終身雇用を捨てた森川はプロビーチバレープレーヤーとして世界の頂点を目指し始めた。


■PROFILE
出身地:神奈川県
身長:1975年2月25日
身長:190cm
体重:75kg
血液型:O型
ペア:山本辰生

■主な戦歴
1987年 横浜市立中田中学時代からバレーボール選手として活躍。
1993年 専修大学へ進学して、関東大学リーグにて活躍。
1996年 バレーボールと並行し、ビーチバレーを本格的にスタート。
1997年~2004年 東京ガス(V1リーグ)でエースとして活躍
1999年~2000年 シドニーオリンピック強化指定選手
1999年 第13回 全日本ビーチバレー選手権(ビーチバレージャパン)優勝
2000年 第14回 全日本ビーチバレー選手権(ビーチバレージャパン)優勝
2003年 第4回 ビーチバレー宮古島大会 優勝
2004年 第5回 ビーチバレー宮古島大会 優勝
2005年 第19回 全日本ビーチバレー選手権(ビーチバレージャパン) 準優勝
北京オリンピック強化指定選手
2006年 第20回 全日本ビーチバレー選手権(ビーチバレージャパン) 第3位
2006年度チーム総合年間チャンピオン
2007年 ビーチバレージャパンツアー第1戦 3位入賞

森川太地画像

森 隆弘 (もり たかひろ)


森 隆弘

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北京五輪に向けて、現役復帰!
世界の頂点を目指して、記録更新中!


水泳 200m個人メドレー

1980/3/2生まれ。熊本県出身。個人メドレー競技では前例の無い輝かしい記録を
数々打ちたて2003年世界選手権バルセロナ大会200m個人メドレー日本新記録で6位。2004年日本選手権200m個人メドレー準優勝、アテネオリンピック200m個人メドレー、アジア・日本人として初の入賞で6位。

その後はコーチとして、後進の指導をしていたが、2006年2月に現役復帰宣言。2008年北京五輪での世界の頂点を目指し活躍中。


■PROFILE
生年月日:1980年3月2日
出身地:熊本県
身長:176cm
体重:73kg

■主な経歴
1998年3月 日本大学豊山高校卒業
1998年4月 日本大学文理学部体育学科入学
2002年3月 日本大学文理学部体育学科卒業
2002年4月 (株)ミキハウス入社
2005年3月 (株)ミキハウス退社
2005年4月 日本大学豊山高校非常勤講師
2006年4月 (株)西日本スポーツアカデミー入社/選手兼テクニカルアドバイザー

■主な戦歴
1996年8月 日本高等学校選手権 400m個人メドレー 優勝
1997年8月 日本高等学校選手権 400m個人メドレー 優勝
1998年6月 日本選手権 400m個人メドレー 優勝
1998年8月 日本高等学校選手権 400m個人メドレー 優勝
1998年12月 アジア大会・バンコク大会 400m個人メドレー 優勝
1999年9月 日本学生選手権 200m個人メドレー 優勝
2000年9月 日本学生選手権 200m個人メドレー 優勝
2001年5月 東アジア大阪大会 200m個人メドレー 優勝
2001年7月 世界選手権福岡大会 200m個人メドレー 5位
2001年8月 ユニバーシアード 200m個人メドレー 優勝
2001年9月 日本学生選手権 200m個人メドレー 優勝
2002年6月 日本選手権 200m個人メドレー
400m個人メドレー
準優勝
準優勝
2002年8月 パンパシフィック 200m個人メドレー
400m個人メドレー
準優勝
準優勝 *日本新
2002年10月 アジア大会 200m個人メドレー
400m個人メドレー
優勝 *日本新・大会新
準優勝
2003年4月 日本選手権 200m個人メドレー
400m個人メドレー
優勝
優勝
*自己の日本新記録更新
2003年8月 世界選手権バルセロナ大会 200m個人メドレー
400m個人メドレー
6位 *日本新
6位
2004年4月 日本選手権 200m個人メドレー 準優勝
2004年8月 アテネオリンピック 200m個人メドレー 6位 
*アジア・日本人初入賞
2006年2月 現役復帰宣言! 2008年北京へ!  
2006年10月 国民体育大会 200m個人メドレー 優勝 
*国体大会新記録
2007年4月 日本選手権 200m個人メドレー 準優勝 
*日本代表復帰

宮澤 ミシェル (みやざわ みしぇる)


宮澤 ミシェル

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ユニークなキャラクターでメディアで活躍中!
サッカーを楽しく伝えるテクニックは秀逸。


サッカー解説者

現役引退後、サッカー解説を中心に情報・バラエティ番組等に幅広く活躍する傍ら平成9年には帝京高校のコーチに就任。高校選手権準優勝に導きチームに貢献。1998年ワールド杯フランス大会、1999年南米選手権には現地におもむき、実況解説をする。
Jリーグをはじめフランスリーグ・スペインリーグ等、NHK・BS・CS局で世界を視野に入れた解説を行っている。今年2002年ワールド杯 KOREA/JAPAN大会でNHKのメイン解説者として参加。現在もNHKサッカー・日刊スポーツサッカー解説者として活躍中。
また、自らの経験をいかして独自で学んだ世界観を各種イベント、講演会等を通して伝え、全国の子供から学生を対象にしたサッカー指導も積極的に行っている。
<所属サムデイ>


■PROFILE
生年月日:1963年7月14日  
出身地:千葉県
サイズ:身長177cm 体重72kg B96cm W82cm F26.5cm
最終学歴:国士舘大学体育学部卒業
資格:中学教諭1級普通免許、高等学校教諭2級普通免許

■経歴
昭和61年 フジタ工業(ベルマーレ)入社
62年 同社とプロ契約
64年 天皇杯サッカー選手権準優勝
平成04年 ジェフユナイテッド市原に移籍
05年 日本国籍取得
アジア大会日本代表候補に選出される。
06年 トーラスレコードよりCD発売。
マガジンハウスより「宮澤ミシェルストーリーJリーグ帰化物語」発売。
07年 BayFM「千葉ダービーマッチ」パーソナリティー
08年 現役引退
18年 北信越リーグ1部 ツエーゲン金沢スーパーバイザー就任

■主なメディア活動歴
○サッカー解説
NHK(Jリーグ・天皇杯・ACL・国際マッチ)
J Sports・北海道テレビ・ニッポン放送・日刊スポーツ
ドイツW杯NHKニュースウォッチ9 メインキャスター

○その他TV出演
TBS "ブロードキャスター"
NTV "踊るさんま御殿"
CX "ジャンクスポーツ"
CX "さんまのまんま"
TX "フジパンカップ"
4th Media "サッカースピリット"

Jリーグアウォーズ インタビュアー

■サッカースクール
NHKジュニアサッカー教室
プーマサッカーアカデミー
TEPCOチャンピオンズカップサッカークリニック
日清オイリオサッカー教室
JFN×J Sportsサッカー教室

皆川 賢太郎 (みながわ けんたろう)


皆川 賢太郎

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トリノ五輪4位入賞。
アルペン半世紀ぶりのメダルに0.03秒まで迫った男。


アルペンスキーヤー

身長173センチとアルペンスキーヤーの中では小柄にも関わらず、卓越した分析力と独創的なアイディアにより、 彼独自のテクニックを築き上げる。スラロームの世界でもいち早くカービングスキーを導入し、2000-2001シーズンのW-CUP第5戦ではゼッケン 60番という最後尾に近いスタートから、6位初入賞という快挙を成し遂げる。

ソルトレイク五輪後、左膝前十字靱帯断裂という大怪我を負い、長期の戦線離脱を余儀なくされるものの、懸命なリハビリの結果、2004年より競技に復帰。
マテリアルの変更という一大決心と共に臨んだ2004-2005シーズンW杯第8戦、実に4年ぶりに入賞を果たし、完全復活を印象付ける。

上り調子のまま臨んだ2005-2006シーズン、W-CUP自己最高の4位を筆頭に、安定した成績を残し、トリノ五輪では4位入賞、日本人としては50年ぶりの快挙を果たす。
苦悩の数シーズンを乗り越え、第1シードに復帰した彼に残された目標は、W-CUP表彰台とバンクーバー五輪での金メダル獲得のみ。トリノでの滑りは、それを十分に期待させるものであった。


■PROFILE
生年月日:1977年5月17日
出身地:新潟県湯沢市
出身校:北照高校(北海道小樽市) 日本体育大学
身長:173cm
体重:80kg
血液型:A型
所属:チームアルビレックス新潟

■主な戦歴
1998年 長野オリンピック 男子回転 出場
2001年 ワールドカップ 男子回転 
第5戦 6位入賞
ワールドカップ 男子回転 総合18位
世界選手権 男子回転 10位
日本人4人目の第一シード入り
2002年 ソルトレイクオリンピック 
男子回転 出場
左膝前十字靱帯を断裂。長期リハビリ生活に入る。
2004年 競技生活に復帰
マテリアルをアトミックに変更
2005年 ワールドカップ男子回転 第8戦  7位入賞
男子回転 総合 21位
2006年 トリノオリンピック 男子回転 第4位
ワールドカップ 男子回転 第5戦 4位入賞
男子回転 第7戦 6位入賞
男子回転 第10戦 7位
男子回転 総合10位
2007年 ワールドカップ 男子回転 第1戦13位
2008年 全日本選手権大会 男子回転 優勝

■オフィシャルブログ
皆川賢太郎ブログ

松本 悠佳 (まつもと ゆか)


松本 悠佳

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スキー技術選では、毎年着実に成績をあげている、
オンとオフのギャップが魅力のスキーヤー。


基礎スキーヤー/アルペンスキーヤー

3歳でスキーを始め、競技スキーヤー(アルペン)として、数々のメジャー大会へ出場。全国大会には全中1年生出場から今シーズンまで10年間連続出場中。
3年前より、東京都代表として、基礎スキーの大舞台である技術戦に3年連続で出場。2005年の全日本スキー技術選手権では、念願の決勝大会に駒を進め、11位の成績を修める。
SAJ1級ライセンスを持ち、所属チームであるUSMRではスクールコーチを務める。 また、2003年にミスコロナビール&ミステクニカル、2005年にはミス苗場にも輝き、夏のオフシーズンの間にはモデル活動をもこなす。


■PROFILE
出身地:東京都
身長:166cm
靴、ブーツのサイズ:24.0cm
所属チーム:USMR
芸能事務所:エヌフォースプロモーション
メーカー:SALOMON 、 ON-YO-NE

■主な戦歴
●アルペンスキー戦歴
全国中学校スキー大会出場
全国高等学校スキー大会出場
国民体育大会出場
高松宮杯出場
全日本学生選手権大会出場
全国大会10年間連続出場(全中1年生出場~今シーズン迄)

●デモンストレーター戦歴
2003年 全日本スキー技術選手権 41位
2004年 全日本スキー技術選手権 21位
2005年 全日本スキー技術選手権 11位
SAJ1級取得

松本ゆか

■メディア実績
●キ松本ゆかャラクター
ミス苗場(2005年)
'ミスコロナビール&ミステクニカル(2003年)

●雑誌
「週刊プレイボーイ」(集英社)
「TOKYO☆1週間」(講談社)
「はじめての格闘&エクササイズ」(イカロス出版) 

●新聞
日刊現代

●テレビ
ナイナイサイズ(NTV)

●CM
風間塾~モデル役~

●VP
「HITACHI au W32H」

●DVD
ヘアアクセサリー littlemoon

■ブログ実績
http://ameblo.jp/matsuyuca/
http://blog.livedoor.jp/massh1224/

前園 真聖 (まえぞの まさきよ)


前園 真聖

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アトランタ五輪代表時代にはブラジルに勝利。
現在は子供たちへのサッカー指導活動に力を注ぐ!


サッカー解説者

小学校2年生より「東郷サッカー少年団」でサッカーを始める。マラドーナのひきつけられるドリブルを少年時代に見て、「マラドーナ」を目指した。中学時代 は、地元の中学校にサッカー部がなく、「陸上部兼サッカー同好会」として苦悩な環境を乗り越え、名門「鹿児島実業高校」へ入学。16年間住み慣れた実家から、単身鹿児島市の松沢監督の家に下宿。100人近いいる部員の中から、1年生として、レギュラーに起用され、高校選手権、インターハイで活躍。高校卒業後、全日空(横浜フリューゲルス)入団し、Jリーグ及び海外で活躍。1996年のアトランタ五輪代表では、主将として、マイアミの奇跡として名の残る「ブ ラジル」に勝利したのは記憶に新しい。
2005年5月19日に現役引退を表明。 今後はサッカー解説者や少年サッカー普及促進活動を展開していく。

前園氏がコーチするサッカースクール
「ZONOサッカースクール」が開講


■PROFILE
生年月日:1973年10月29日生  
出身地:鹿児島県出身
最終学歴:鹿児島実業高校卒
身長:170cm
体重:63kg
ポジション:MF(ミッドフィルダー)

■経歴
1989年 高校選手権8強
1990年 高校選手権準優勝
1991年 ユース代表
1992年 全日空(横浜フリューゲルス)入団
リーグ戦成績102試合4得点
1994年2月 五輪日本代表入り、同年キリンカップオーストラリア戦A代表デビュー
Aマッチ20試合出場4得点
1996年 アトランタオリンピック日本代表主将
1997年1月 ヴェルディ川崎 完全移籍
1998年9月 サントス(ブラジル) レンタル移籍
1999年 ゴイアス(ブラジル) レンタル移籍
2000年 湘南ベルマーレ レンタル移籍
2001年 東京ヴェルディ1969
2002年11月 韓国Kリーグ 安養LG 完全移籍
2004年 韓国Kリーグ 仁川ユナイテッドFC 完全移籍
2005年 5月19日 引退を表明
今後はサッカー解説者や少年サッカー普及促進活動を展開していく。

平岡 暁史 (ひらおか あきふみ)


平岡 暁史

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X-TRAIL JAM in TOKYO DOME 2006
ストレートジャンプ日本人最高位につけた、
今もっともヤバいスノーボーダー!


プロスノーボーダー

1974年生まれ。
人気・実力を兼ね備えたスノーボーダー。
1991年のアメリカユタ州への留学をきっかけにスノーボードに出会い、本格的に始める。数々の大会で実績を残し、世界最大の大会である『AIR&STYLE』に日本人として唯一の2回出場を果たす。今後もスノーボード界での活躍が期待される一人だ。


■PROFILE
生年月日:1974年1月12日
身長:169cm
体重:74kg
靴、ブーツのサイズ:26.5cm
血液型:O型

■主な戦歴
1991年 留学のためアメリカユタ州にて、スノーボードと出会う。
ユタ州ソルトレイクシティー、オリンパスハイスクール転入。
1992年 ソルトレイクコミュニティーカレッジ入学
1995年 アメリカから帰国
1996年 フェザンカップ アマチュア2位
田沢湖カップ HPプロアマオープン6位(2戦にしてプロ資格取得)
1997年 ミナミワールドシリーズ HP5位
第1回AIR MAKE有明 3位(日本人初表彰台)
第1回TOYOTA BIG AIR 12位
1998年 第6回AIR&STYLE 12位(招待選手:日本人初)
第2回TOYOTA BIG AIR 12位
1999年 第3回TOYOTA BIG AIR(怪我のため欠場)
2000年 第8回AIR&STYLE 14位
第4回TOYOTA BIG AIR 7位(日本人最高位)
2001年 第5回TOYOTA BIG AIR 9位(日本人最高位)
2002年 第6回TOYOTA BIG AIR 3位(日本人最高位表彰台)
2003年 第7回TOYOTA BIG AIR 4位(日本人最高位)
2006年 第7回X-TRAIL JAM in TOKYO DOME ストレートジャンプ8位(日本人最高位)

羽中田 昌 (はちゅうだ まさし)


羽中田 昌

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スポーツエッセイストとして活躍する傍ら、
サッカー史上初の車いす監督を目指し活動中。


スポーツエッセイスト スカパー!解説者

サッカーの名門韮崎高校にて2年連続全国大会準優勝。
韮崎高校の黄金期のエースとして、その名を轟かせるが、高校卒業後、交通事故に遭い、脊髄を損傷、下半身不随の生活を余儀なくされる。その後県庁に9年間勤めたが、サッカーへの熱い思いが募り、スペインへのサッカー留学を決意。バルセロナ滞在の5年間でサッカーコーチングを学びながら、執筆活動も開始。現在は講演活動や執筆活動など多方面で活躍する傍ら、サッカー史上初の車いす監督を目指す。


■PROFILE
小学校3年生からサッカーを始める。1980年サッカーの名門韮崎高校に入学し、2年連続で全国高校サッカー選手権準優勝。韮崎高校黄金時代のエースだっ た。高校卒業後、事故に遭い、脊髄を損傷。下半身不随の生活を余儀なくされる。1986年に入った山梨県庁を1995年に辞め、サッカーの指導者になるべ く、スペイン・バルセロナに渡る。スペインサッカー協会公認「カタルーニャ・サッカー・コーチング・スクール」に通う傍ら、地元サッカークラブ「オスピタ レット」のユースチームにつき、指導の実践を学ぶ。バルセロナに5年間滞在中、2冊の本を出版し、サッカー記事などの執筆活動を行う。
2000年秋、バルセロナ生活の最後に50日に及ぶ旅を敢行。妻と車でヨーロッパを廻り、各国の歴史、文化、特にサッカーの違いを実感する。帰国後は、 BS朝日「SOCCER2002」のメインキャスターを経て、現在はSKYPerfecTV!のサッカー中継解説出演を中心に、講演活動やイベント出演な ど多方面で活躍中。暁星高校でコーチとして指導の実践を積みながら、サッカー史上初の車いす監督を目指す。

■経歴
2003年 (財)日本サッカー協会公認C級コーチライセンス取得
2004年 同 B級コーチ ライセンス取得
2006年9月15日 同 S級コーチ ライセンス取得

■主なメディア活動暦
●テレビ
・SKYPerfecTV!
Jリーグ・セリエA
UEFAチャンピオンズリーグ解説
UEFAチャンピオンズリーグハイライト
「Firday Soccer Show」 出演中

●WEB
・講談社「ヤングマガジン」(WEB)
「羽中田昌の黒BUTAサッカー教室」
スポニチblog「ハーフタイム」

●新聞・雑誌
・週刊サッカーダイジェスト
「Los Entrenadores~情熱の語り~」
・山梨日日新聞
「チェックポイント」

●著書
『飛ぶ車椅子』(毎日新聞)山梨版
『羽中田昌の黒BUTAサッカー教室』(講談社)「ヤングマガジン」(WEB)
『みんなの声が聞こえる』(四谷ラウンド)
『グラシアス~サッカーからの贈り物』(四谷ラウンド)
絵本『そこからはじまる』(学習研究社)

■主な講演テーマ
「サッカーからの贈り物」
「真剣に生きること」
「障害を持っても前向きに生きること」
「車いすから見た世界」
「これからの未来へ」
「そこからはじまる」
「サッカーからの贈り物」
「バルセロナの空の下で」
「世界のスタジアムと福祉」
「子どもとスポーツ教育活動」

橋本 通代 (はしもと みちよ)


橋本 通代

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わずか5年で世界のトップまで昇り詰めた、
世界に通用するビッグエアを放つトップスノーボーダー!


プロスノーボーダー

気さくで親しみやすいキャラクターで、地元の大阪にはファンクラブもある通称“ミッチャン”。元々はカナダにエクストリ-ム・スキー(モーグル)のために 留学、そこでスノーボードに出会い、わずか5年で世界のトッププロに。世界選手権16位、その後ワールドカップ準優勝4回、ソルトレークオリンピックでは 12位。世界に通用するビッグエアは男子にもひけをとらない。
現在は子供達にスノーボードの楽しみを伝えようと、きららキャンプを開催している。


■PROFILE
生年月日:1972年7月6日生
出身地:大阪府
出身校:四天王寺国際仏教大学
サイズ:身長 157cm/体重 46kg

■主な戦歴
1999年 ISF Continental Open POKKA NITORO JAPAN 1位
2000年 W杯モンサンタン大会 2位
2001年 W杯ウイスラー大会 2位
NIPPON OPEN 3位
2002年 ソルトレイクオリンピック 12位
US OPEN 14位
2004年 NIPPON OPEN 6位
2005年 NIPPON OPEN 5位

野田 朱美 (のだ あけみ)


野田 朱美

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日本女子サッカー界の先駆者!
またサッカーに限らず多方面で活躍中。


スポーツコメンテーター / 「JFAこころのプロジェクト」公認夢先生
日本オリンピアンズ協会会員

オリンピックでは日本初出場となったアトランタ五輪サッカー女子代表のキャプテンを務めるなど、10年以上にわたり日本女子サッカー界の地位向上と社会認知度アップに大きく貢献。
現在は、なでしこジャパンやLリーグの解説、NHK「ラジオあさいちばん」でのスポーツコメンテーターを務める傍らオリンピック経験者として「オリンピアンズ協会」に登録、全国各地でスポーツの楽しさ伝えている。
また、朝日新聞やゲンダイにて月2回コラムを掲載するなど多才なスポーツウーマンでもある。
講演では、学校生活とサッカーの両立の難しさを、夢を持つ事でいかに克服したかなど自らの経験に基づいたテーマに好評。


■PROFILE
生年月日:1969年10月13日
出身地:東京都

■経歴
1984年 読売日本サッカークラブベレーザ入団
同年、サッカー女子日本代表入り(中学3年)
1990年~ Lリーグ4連覇やMVP、得点王、ベストイレブンなど
1990年 第11回アジア大会(北京) 銅メダル
1991年 第8回アジアカップ(福岡) 2位
第1回女子ワールドカップ 出場
1994年 第12回アジア大会(広島) 銀メダル・MVP
1995年 第2回女子ワールドカップ ベスト8(日本人初ゴール)
1996年 アトランタオリンピック代表キャプテン
同年、サッカー引退

■活動歴
●テレビ
TBS「女子世界選手権大会」 解説
TBS なでしこジャパン 解説
NHK Lリーグ 解説

●ラジオ
NHK 「ラジオあさいちばん」 スポーツコメンテーター
FM東京 「プロデューサーズ」

●その他
映画監督・岩井俊二氏 シナリオ陪審員
わんぱくサッカー教室 コーチ
東京ヴェルディサッカースクール コーチ
横田ハイスクールパンサーズ コーチ
ファンルーツサッカースクール コーチ

西野 努 (にしの つとむ)


西野 努

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サッカー選手だけでなく、フロント経験も持ち、
さらにMBA資格を持つ異色の元サッカー選手。


元Jリーガー/MBAホルダー
株式会社Opt Sports International 代表取締役社長

プロサッカー選手としてだけではなく、強化本部や事業本部などフロントでの経験ももつ稀有な人物。
英国リヴァプール大学マネジメントスクールでMBAを取得し、サッカー界に限らずキャリア、リーダーシップ、組織のマネジメントなど各論について、教育機関をはじめとして講演・メディア活動を行っている。


■PROFILE
有限会社オプト・スポーツ・インターナショナル 代表取締役社長
株式会社SEA Global 取締役
1993年~2002年まで、Jリーグ9シーズン 160試合出場
1998年日本代表候補
MBA ホルダー

生年月日:1971年3月13日生
出身地:奈良県生駒市
身長/体重:186cm/75kg

■経歴
1989年 奈良県立奈良高等学校 卒業
神戸大学経営学部 入学
神戸大学サッカー部 入部
1992年 関西学生選抜選出
1993年 神戸大学経営学部会計学科 卒業
浦和レッドダイヤモンズ プロサッカー選手契約
1998年 日本代表候補選出
2001年 浦和レッドダイヤモンズ 退団
2002年 浦和レッドダイヤモンズ 強化本部強化担当就任
2003年 リヴァプール大学マネジメントスクール
フットボール・インダストリーズMBAコース入学
2004年 同コース卒業 MBA取得
浦和レッドダイヤモンズ 事業本部パートナーシップ担当就任
2005年 フリーランスとしてタレント活動・執筆・講演等活動開始
2006年 有限会社オプト・スポーツ・インターナショナル設立
株式会社SEA Global 取締役就任
埼玉スタジアム・スポーツクラブ サッカースクール コーディネーター就任

■講演活動
●主な講演テーマ
「サッカービジネス、その日欧比較」
「サッカーにみるスポーツマネジメントとは?」
「キャリアプランニングとマネジメント」
「リーダーシップ論~サッカー界の視点から」

●講演実績
・京都サンガFC主催
 『トップアスリートに学ぶキャリアマネジメント』
・中央大学 スポーツ文化論
 『サッカー選手のキャリア~日欧比較~』
 『日本のJリーグクラブビジネス』
 『日欧サッカービジネス比較』
・獨協大学経済学部経営学科総合科目改革日本
 『サッカービジネス・日本とヨーロッパ』
・順天堂大学 スポーツマネジメント講座
 『日英フットボールビジネスモデル比較』
・専修大学
 『日英サッカー文化比較』
・埼玉大学 スポーツマネジメント概論
 『選手から見た浦和レッズの13年』
 『サッカー産業 ヨーロッパビッグ5と日本の比較』
・東京スポーツ&リゾート専門学校オープンキャンパス
 『サッカー界の仕事・選手をとりまく人々』
・東京LEC大学 客員講師
 『プロサッカー選手のキャリア』
・British Council 英国留学フェア2006 トークショー
 『サッカービジネス・エージェントという仕事』
・さいたまビジネスネットワーク 第1回セミナー
 『世界と埼玉のサッカービジネス事情』

その他、スポーツマネジメントレビューやEL GOLAZOなどでの執筆、トークショー・イベントなど多数実績あり

名良橋 晃 (ならはし あきら)


名良橋晃

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鹿島アントラーズでリーグ年間王者3度、ナビスコ杯優勝3度、天皇杯2度など、黄金時代の主力選手として活躍

サッカー解説者

高校卒業後、1990年にJSL1部フジタ(後のベルマーレ平塚、現:湘南ベルマーレ)に加入。平塚では超攻撃型サイドバックとして、チームを牽引していた。1993年のJFLではサイドバックにも関わらずアシスト王に輝いている。
1994年にJリーグデビューし、同年9月には、日本代表デビューを果たした。
1997年、鹿島アントラーズに移籍。同年のフランスW杯では日本代表の右ウイングバックとして全3試合に先発出場した。
鹿島には10シーズン在籍。攻守にバランスの取れた選手であり、持ち前のスピードと豊富な運動量を武器に、主力として活躍。リーグ年間王者3度、ナビスコ杯優勝3度、天皇杯2度など、黄金時代の主力選手として活躍した。
2007年、古巣ベルマーレに11年ぶりに復帰したが、同年7月に契約満了により退団。
2008年2月に現役引退。
現在は、JFAアンバサダーやサッカースクールコーチとして日本サッカー界の後進への指導育成に務める傍ら、テレビや雑誌等でサッカー解説者としても活躍。


 ■ PROFILE
生年月日:1971年11月26日
出身地:日本国 千葉県
身長・体重:170cm・67kg
血液型:A型
ポジション:ディフェンダー
利き足:右足

 ■ 主な経歴
【所属チーム歴】
1990~1993 フジタ
1994~1996 ベルマーレ平塚
1997~2006 鹿島アントラーズ
2007 湘南ベルマーレ
J1リーグ通算310試合23得点

【代表歴(1994~2003)】
1995 ダイナスティカップ、キリンカップ、アンブロカップ
1997 フランスW杯アジア予選
1998 フランスW杯、ダイナスティカップ、キリンカップ
日本代表国際Aマッチ38試合出場

【個人タイトル】
2000 AFC月間最優秀ゴール賞受賞
2001 Jリーグベストイレブン選出

【チームタイトル】
<鹿島アントラーズ>
1997 ゼロックススーパーカップ優勝
Jリーグ1stステージ優勝
ヤマザキナビスコカップ優勝
第77回天皇杯全日本サッカー選手権優勝
1998 ゼロックススーパーカップ優勝
Jリーグ2ndステージ優勝
Jリーグ優勝
1999 ゼロックススーパーカップ優勝
2000 ヤマザキナビスコカップ優勝
Jリーグ2ndステージ優勝
Jリーグ優勝
第80回天皇杯全日本サッカー選手権優勝
2001 Jリーグ2ndステージ優勝
Jリーグ優勝
2002 ヤマザキナビスコカップ優勝
2003 A3マツダチャンピオンズカップ優勝
<湘南ベルマーレ>
1994 第74回天皇杯全日本サッカー選手権優勝
1996 第6回アジアカップウイナーズカップ優勝

 ■ 主なメディア出演
・日本テレビ系列・サッカー「リベルタドーレスカップ」解説
・スカパー海外サッカー、Jリーグ解説
・WOWOWスペインサッカー「リーガエスパニョーラ」ゲスト解説
・テレビ朝日:やべっちFC
・フジテレビ:ジャンクSPORTS  等多数

中田 久美 (なかだ くみ)


中田久美

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史上最年少の15歳1ヶ月で全日本代表に選出されて以来、13年間にわたって全日本の指令塔として活躍


元バレーボール選手/スポーツコメンテーター

史上最年少の15歳1ヶ月で全日本代表に選出されて以来、ロサンゼルス五輪では銅メダルを獲得、ソウル・バルセロナ五輪と3度のオリンピックに出場し、13年間にわたって全日本チームの指令塔として活躍。現在はバレーボールの解説、全国講演のほか、日本バレーボール界のさらなる発展と次世代のトッププレーヤー育成を目標として活動中。


■PROFILE
生年月日:1965年9月3日
血液型:A型
出身地:東京都

■主な経歴
1979年 LAエンジェルス二期生入塾
1980年 全日本代表選出
1981年 日立ベルフィーユ入団
1996年 日立ベルフィーユ アシスタントコーチ就任
2005年 全日本バレーボール協会強化委員会(~2006年)
2008年 イタリア1部リーグセリエA・VICENZA08/09シーズン・アシスタントコーチ

【主な成績】
1981年 第15回日本リーグ 新人賞受賞
1984年 ロサンゼルス五輪出場(銅メダル)
1988年 ソウル五輪出場(4位)
1989年 ワールドカップ ベストセッター賞受賞
1992年 バルセロナ五輪出場(5位) 日本選手団旗手
2007年 2006-07プレミアリーグ Vリーグ栄誉賞

■主な活動
メディア出演
【TV】
 ・ フジテレビ「第37回春の高校バレーボ-ル全国大会」解説
 ・ フジテレビ「2006ワールドグランプリ」女子バレー 日本代表全試合解説
 ・ TBS「2006世界バレー」解説 日本代表全試合解説
 ・ TBS「アジア大会2006ドーハ」女子バレー解説
 ・ フジテレビ(CS739)「Vリーグ」 女子バレー解説
 ・ TBS「2007ワールドグランプリ」女子バレー解説
 ・ フジテレビ「ワールドカップバレー2007」女子バレー全試合解説
 ・ フジテレビ/TBS 「北京オリンピックバレーボール世界最終予選」 女子バレー全試合解説

著書
 ・ 「Believe In Dream 夢を信じて・・・」 (日本文化出版)
 ・ 「中田久美の腹筋ダイエット」(小学館)
 ・ 「叱る言葉~words cheering you up~」(講談社/共著)

講演
【演題例】
 ・ 私とバレーボール

永島 英明 (ながしま ひであき)


永島 英明

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目標は北京五輪出場!
ハンドボール界のパワープレイヤーとして注目の選手!


ハンドボールプレーヤー

頑強な肉体と強い精神力、また運動量、スピードでチームを鼓舞する、日本ハンドボール界におけるDFのリーダー。2008年北京オリンピックに向けたハンドボール男子 日本代表選手にも選出され、1988年ソウルオリンピック以来の出場が遠ざかっているオリンピック出場を目標に、守備の要としてさらなる活躍が期待されている。


■PROFILE
所属:大崎電気工業株式会社「OSAKI OSOL」
生年月日:1977年3月24日
出身地:大阪府
身長:189cm
体重:95kg
ハンドボール歴:此花学院高校 → 大阪体育大学 → 三陽商会

■主な戦歴
●チーム戦歴
2001年 OSAKI OSOL加入 
日本リーグ 3位
全日本総合選手権 ベスト8
2002年 全日本総合選手権 3位
国民体育大会 3位 
2003年 全日本総合選手権 3位
国民体育大会 3位
2004年 日本リーグ 優勝
全日本総合選手権 準優勝(2位)
全日本実業団選手権 優勝
国民体育大会 優勝
2005年 全日本総合選手権 優勝
国民体育大会 優勝

●日本代表 戦歴
2002年 釜山アジア大会 4位
2003年 アテネオリンピックアジア予選 2位
2004年 世界選手権アジア予選 2位
2005年 チュニジア世界選手権 16位
2006年 世界選手権アジア予選 5位
ドーハアジア大会 6位

永島 昭浩 (ながしま あきひろ)


永島 昭浩

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Jリーグ初期を支えたストライカー。
現在はマルチな才能を生かしてスポーツキャスターとしても活躍中。


JFAアンバサダー・スポーツキャスター・サッカー元日本代表

Jリーグ開幕時に、日本人初のハットトリックを達成。また、オールスターMVPを獲得するなど勝負強いストライカーとしても有名である。阪神大震災があった1996年にはヴィッセル神戸に移りJ昇格に貢献。その後も「ミスター神戸」としてチームを牽引。2000年に惜しまれながらも現役を引退した。
現在は、JFAアンバサダーとしてサッカーの普及と後進の指導に携わるとともに、スポーツキャスターとしてテレビ、トークショーなどマルチに活躍中である。


■PROFILE
生年月日:1964年4月9日
出身地:兵庫県
財団法人日本サッカー協会 アンバサダー(2003年~)
アシックススポーツアドバイザー(2001年~)

■選手歴
1986-1992年 松下電器産業
1992-1993年 ガンバ大阪
1994-1995年 清水エスパルス
1995-2000年 ヴィッセル神戸

■代表歴
1990-1991年 北京アジア大会出場 他

■タイトル
1993年 Jリーグオールスター敢闘賞受賞
1994年 JリーグオールスターMVP受賞
1997年 Jリーグフェアプレイ個人賞受賞
Jリーグ日本人最多得点(22得点)

■通算成績
Jリーグ 165試合出場・61得点
カップ戦 25試合出場・15得点
天皇杯 10試合出場・8得点
国際Aマッチ 4試合出場・0得点

■主なメディア活動歴
●テレビ・ラジオ
・「スーパーニュース」(フジテレビ)スポーツコーナーレギュラー出演

笘篠 賢治 (とましの けんじ)


笘篠 賢治

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ソウルオリンピック銀メダリスト。
現在では子供たちへの指導も積極的に行っている。


野球解説者

1966年10月11日生まれ。大阪府出身。上宮高で選抜高校野球大会出場。1988年、中央大学4年時に主将を務めた日米大学野球で優勝。古田敦也、野茂英雄らと出場したソウルオリンピックでは銀メダルを獲得。

1989年、ドラフト3位でヤクルトスワローズに入団。1年目より二塁手の定位置を獲得。32盗塁を記録し新人王に輝く。その後も守備走塁の名手、スイッ チヒッターとして活躍。1992、1993年のセ・リーグ連覇に貢献。1993年には日本一に輝く。1994年、怪我のため手術を余儀なくされ、1997 年、退団。1998年、広島東洋カープに移籍。1999年、現役引退。2000年、広島東洋カープの守備走塁コーチに就任2002年、退団。

現在は野球解説者の側ら、マスターズリーグでも活躍し、子供たちへの指導においても積極的な活動を行っている。


■PROFILE
生年月日:1966年10月11日
出身地:大阪府

■経歴
1983年 1983年 春・センバツ出場(上宮高校2年)
1985年 中央大学入学
1989年 日米野球 優勝
ソウル五輪 銀メダル(当時、野球は公開競技)
ヤクルトスワローズ入団(ドラフト3位)4/12
一軍デビュー。新人王受賞
1992年 日本シリーズ出場 タレントの松本典子さんと結婚
1993年 日本シリーズ出場 日本一に
1994年 右肩・ひじの手術
1998-99年 広島東洋カープ移籍 (2年間在籍)
1999年 オフに現役引退し,そのまま広島・一軍守備走塁コーチに
2002年 コーチ退任

■主なメディア活動歴
●テレビ
CSフジテレビ739 「プロ野球ニュース」解説者
TBSテレビ 「筋肉番付」

●ラジオ
文化放送 野球解説者

●雑誌
週刊ベースボール ベースボールゼミナール(技術講座)

■講演・指導
・ライバル兄・誠治の存在
・ソウルオリンピック日の丸を背負って銀メダルを獲得した栄光。
・プロ野球入団1年目での32盗塁・新人王の大活躍。
・ヤクルトスワローズ「野村監督」という存在。
・怪我に負けない

■野球教室
キャッチボール、
守備・打撃の基本、
走塁チェック等の実技指導。

寺廻 太 (てらまわり ふとし)


寺廻 太

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『寺廻バレー』と言われる独自のコート采配はチームを勝利に導く方程式。
効果的な組織マネジメントを展開し目標を達成するプロセスは、ビジネスでも活用でき、企業にとっても学ぶべきものとして評される。


プロバレーボールコーチ
女子バレーVリーグ JTマーヴェラス監督

元全日本男子監督。NECの監督としてVリーグ3回、全日本選手権4回優勝に導き名将としてその名を馳せる。’96年アトランタ五輪後、全日本の復活を期す切り札として抜群の統率力と斬新さが高く評価され、全日本監督に招聘される。シドニー五輪予選最終戦をもって監督を退任し、さらなる指導力向上のため、海外へプロコーチとしての移籍を渇望し、2000年12月韓国プロリーグの強豪チーム 三星火災(サムソン)へプロコーチとして就任。2001年10月から3ヶ月かけ、イタリアセリエA、フランスプロA、両リーグにおいて単身コーチ留学を経験。2002年5月からはチャイニーズ・タイペイ男子ナショナルチームの監督に就任。2005年6月からVリーグ女子「JTマーヴェラス」の監督に就任し、5年ぶりに国内で指揮をとることになった。


■PROFILE
生年月日:1958年1月22日
血液型:O型
出身地:広島県安芸郡坂町
出身校:崇徳学園高等学校卒業
明治大学政経学部政治学科卒業

■バレーボール歴
高校時代 エースプレーヤーとして、春高バレー、高校総体、国体と三冠達成
大学時代 センタープレーヤーとして活躍
1980年 入社と同時に日本電気男子バレーボール部入部
1980年~1896年 日本リーグで(16,18,19回)オールラウンドプレーヤーとして活躍
1987年 コーチ専任
1988年 監督に昇格(NEC)
1996年 11月 全日本男子チーム監督就任
2000年 シドニー五輪予選最終戦をもって監督を退任
2000年12月~
2001年3月
韓国男子バレーボールの三星火災にコーチ就任
2001年 日本電気株式会社 退社
イタリアセリエA・フランスプロA、両リーグにおいて単身コーチ留学
2002年5月 チャイニーズ・タイペイ男子ナショナルチーム監督就任
2005年6月 JTマーヴェラス監督就任

■トピックス
1991年 第25回日本リーグ 初優勝
1992年 第26回日本リーグ 準優勝
黒鷺旗第41回全日本選手権 初優勝
1993年 第27回日本リーグ 優勝
黒鷺旗第42回全日本選手権 優勝
1994年 第1回 Vリーグ 3位
黒鷺旗第43回全日本選手権 優勝
1995年 第2回 Vリーグ 優勝
黒鷺旗第44回全日本選手権 3位
1996年 黒鷺旗第45回全日本選手権 優勝
  〔全日本男子チーム監督時代〕
通算成績:138戦51勝87敗

■主なメディア活動歴
●テレビ
・テレビ新広島「サタスポ情報局」 毎週土曜日
・2003年バレーボールワールドカップ フジテレビCS
・2004年アテネオリンピック世界最終予選 TBS・フジテレビCS

●スポーツクリニック
・寺廻塾 広島市・呉市で2002年から毎年開催
 小学生から家庭婦人までを対象に、バレーボールクリニックを開催。
・ デサントクリニック 全国にて毎年4回程度開催 

■講演会近年の実績
船井総研講演会
日本プラントメント協会講演会

■講演会のテーマ
子供向け
『目標に向けて、課題に向けて努力する事が大事、必ず自分に還ってくる。』
・全日本の監督時代の話
・コーチ留学など自分の努力
・チャイニーズタイペイ男子ナショナルチーム監督就任時のエピソード
・バレーボール教室「寺廻塾」について
・まとめ

父兄向け
『選手とのコミュニケーション方法など選手育成・人材育成』
・全日本の監督時代の話 『言葉に出す』
・復活を期して 『自分に負けない・己に勝つ・本気度』
・バレーボールを通じて感じた事 『正解はない』
・バレーボール教室「寺廻塾」について
・まとめ

一般向け
『選手とのコミュニケーション方法や目標や課題に向けて努力することが大事、必ず自分に還ってくる』
・全日本の監督時代の話 『言葉に出す』
・復活を期して 『自分に負けない・己に勝つ・本気度』
・バレーボールを通じて感じた事 『正解はない』
・まとめ

勅使川原 郁恵 (てしがわら いくえ)


勅使川原 郁恵

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持ち前の明るいキャラクターは注目必至!
ウォーキング協会親善大使に任命され、活躍中!


元五輪代表ショートトラック・スピードスケート選手

3歳からスケートを始め、 中学2年生でオリンピック強化指定選手となり、1996年世界ジュニア選手権で総合1位になるなど、一躍日本のトップスケーターとなる。
その後、着実に実力をつけ、1998年長野五輪、2002年ソルトレイクシティー五輪、2006年トリノ五輪と、オリンピックに3回出場。現役引退後は、その明るいキャラクターと言動で、スポーツコメンテーターとして第2の人生のスタートを切った。
現在は日本ウォーキング協会の親善大使として活躍するとともに、ウォーキング指導員の資格を取得、ウォーキングの普及活動に貢献している。
他、フードアナリストの資格も取得し、「食」と「歩」から「美」と「健康」へアプローチをかける。


■PROFILE
生年月日:1978年10月27日
出身地:岐阜県
出身校:中京大学
身長:155cm
血液型:O型
趣味:料理・温泉

■経歴
1993年 アジア選手権3000m 2位
1995年 アジア選手権3000m 3位
世界ジュニア選手権 総合3位
1996年 アジア選手権総合 3位
世界ジュニア選手権 総合1位
1995年 世界ジュニア選手権 総合3位
1996年 世界ジュニア選手権 総合1位
1999年 冬季ユニバーシアード1500m 3位、1000m 2位
1998年 長野五輪出場500m 6位、1000m 5位、3000mリレー 4位
2002年 ソルトレイクシティー五輪出場1000m出場、3000mリレー 4位
2006年 トリノ五輪出場

■主なメディア活動歴
●テレビ
・NHK BShi/BS2「街道てくてく旅~中山道完全踏破~」2006年9月18日(月)→12月1日(金)
・NHK BShi/BS2「街道てくてく旅~甲州街道完全踏破~」2007年4月23日(月)→5月25日(金)
・NHK 「スタジオパークからこんにちは」
・フジテレビ 「めざましテレビ」内 「めざまし地球紀行」 全4回

■主な表彰歴
平成5年度 岐阜県民栄誉賞受賞
第10回岐阜体育顕彰受賞
平成6年度日本スケート連盟優秀選手表彰(平成6年~平成15年)

■オフィシャルブログ
「あたしがてっしーです。」
http://ameblo.jp/teshigawara-ikue

辻 秀一 (つじ しゅういち)


辻 秀一

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著書「スラムダンク勝利学」でも有名なスポーツドクター!
スポーツ心理学を基礎に、組織論を教え説く。


スポーツドクター

スポーツを文化としてとらえ、そのソシアル・パフォーマンス性をドクターの立場から普及している。
『スポーツは医療である、芸術である、コミュニケーショ ンである、教育である』というエミネクロスのコンセプトの基、あらゆる人々にそのスポーツのすばらしさを享受できるようコーディネートあるいはナビゲート している。すなわち、スポーツの社会的価値の創造である。
スポーツ心理学を基に個や組織のパフォーマンスを高め勝利に導くプロフェッショナル。
目指すは"スポーツ版パッチ・アダムス"である。


■PROFILE
(財)日本プロスポーツ連盟改革推進委員
NPO法人キッズチアプロダクション理事
ewomanサーベイキャスター
ザ・クラブアットエビスガーデン医療顧問
リビエラスポーツ顧問ドクター
(財)日本車椅子バスケットボール連盟運営委員
(財)日本看護協会「心とからだの健康づくりフェスタ」検討委員
臨床運動療法研究会幹事
花田学園日本柔整師専門学校講師
東京 リゾート&スポーツ専門学校講師
株式会社東京スター銀行カンパニーチームドクター

出身地:東京都
出身校:北海道大学医学部卒業

■経歴
昭和36年5月 東京生まれ
昭和55年3月 私立栄光学園高等学校卒
昭和61年3月 北海道大学医学部卒
昭和61年9月 慶應義塾大学病院内科
平成9年9月 東海大学医学部病態診断学研究員
平成11年4月 エミネクロスメディカルセンターセンター長
北里研究所病院スポーツクリニック内科非常勤
平成16年9月 NPO法人エミネクロス・スポーツワールド設立
エミネクロスメディカルクリニック院長
(有)オフィス・ドクター辻代表取締役社長
平成18年6月 株式会社エミネクロス・クリエイツジャパン設立
株式会社東京エミネクロスクラッシャー設立

■資格
日本体育協会公認スポーツドクター
日本医師会公認スポーツドクター

■専門
応用スポーツ医学によりQOL向上
 (ダイエットカウンセリング、ライフスタイルコーディネートなど)

応用スポーツ心理学によるパフォーマンスエンハンスメント
 (コーチング、メンタルトレーニング、ストレスカウンセリングなど)

■主な活動暦
●監督、塾長
日本一のバスケクラブチームを目指す"Excellence"の監督
車椅子バスケットボールチーム"No Excuse"の監督
耳の不自由な人たちのバスケットボールチーム"Rough"の監督
子供のためのスポーツ塾"チームエミネクロス"バスケットボール、チアリーディング塾長

●チームドクター
NECラグビー部
東京大学ラクロス部
学習院大学チアリーディング部 など

●執筆活動
書籍、雑誌、ホームページなどに多数掲載

●著書
「たった今から、ハッピーになる! 」(ダイヤモンド社)
「スラムダンク勝利学」(集英社インターナショナル )
「ほんとうの社会力」(日経BP社 )
「人のためになる人ならない人」(バジリコ )
「心の力コーチング」(講談社 )

●テレビ・ラジオ
ラジオほっとタイム(NHK第一放送)
こども電話相談室 (TBSラジオ)

●その他
・スポーツの社会的価値を活かすべくコーチング、チームビルディング、モチベーション、
 QOL、勝利学などのセミナー・講演活動を多数おこなう。
・産業医、企業健康コンサルタント、スポーツクラブアドバイザー、学校スポーツ医、
 地域総合型スポーツクラブコンサルタントなど。
・芸術、特に音楽の世界にスポーツ心理やスポーツ医学を取り入れた
 "辻メソッド"を普及し音楽界に進出。
・個別のカウンセリングやメンタルトレーニング。
・多競技にわたってチームドクターとしてサポート。
・ライフスキル研究会発足代表としてスポーツ界にライフスキルの実践と普及を行う。

■講演会のテーマ
内容については、スポーツ医学・応用スポーツ心理学や辻の感性や今まで経験したエピソードや事例を組み合わせ、個人や組織(チーム)自分らしく輝くこと、元気になるための方法を分かりやすくお話します。

■企業向け
・チームとしての会社組織をパフォーマンス・エンハンスメントするスポーツ心理学的アプローチ
・心・技・体のトータルパワーで、組織のパフォーマンスを倍増する
・スポーツ心理学に学ぶ個人と組織の活力

■スポーツ関係向け
・メンタルサポートにおける心理学共通言語の作成
・コミュニケーションスキル
・心のコーチングで勝つ!

■教育機関向け
・子どものライフスキルをスポーツで育てる
・子どもと自分が元気になるコーチ力
・子どもたちに前向きな心を育てるために

■医療・健保関係向け
・健康支援に役立つ 応用スポーツ心理学
・会社と社員を元気にするためのスポーツ心理学

塚原 光男 (つかはら みつお)


塚原 光男

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「体操ニッポン」の黄金時代を支えた名選手!
さらにその血は、息子 直也氏に引き継がれる。


日本体操協会副会長

1968年メキシコ五輪、1972年ミュンヘン五輪、1976年モントリオール五輪へ3大会連続出場。
モントリオール五輪では、日本オリンピック史上初の体操・団体総合で5大会連続金メダルという偉業に貢献。跳馬の「ツカハラ跳び」、鉄棒の「月面宙返り (ムーンサルト)」で2大会連続個人金メダルを獲得するなど、独創的な大技を編み出し、「体操ニッポン」の黄金時代を支えた。
現役引退後は、朝日生命体操クラブ総監督として後進の指導にあたり、協会・連盟・JOCの重役を務める。
千恵子夫人(旧姓:小田)は体操コーチ。長男:直也氏も2004年アテネ五輪で体操団体金メダルを獲得したことは記憶に新しい。


■PROFILE
(財)日本体操協会 副会長
北京オリンピック強化委員長
全日本社会人体操競技連盟 理事長
全日本体操競技クラブ連絡協議会 総代
(財)日本オリンピック委員会 選手強化本部委員
朝日生命体操教室 校長
朝日生命体操クラブ 総監督

■経歴
夏季オリンピック メキシコシティー
体操・団体総合 金メダル
体操・床運動  4位
体操・つり輪  4位

夏季オリンピック ミュンヘン
体操・団体総合 金メダル
体操・鉄棒   金メダル
体操・つり輪  銅メダル

夏季オリンピック モントリオール
体操・団体総合 金メダル
体操・鉄棒   金メダル
体操・跳馬   銀メダル
体操・個人総合 銅メダル
体操・平行棒  銅メダル

金メダル5個 銀メダル1個 銅メダル3個 計9個獲得

■主著
『果てしなき挑戦』(1981.07)
『女子体操競技入門』(1982.11)
『熱中夫婦ここにあり!』(1989.06)
『ザ・採点競技 オリンピックが10倍楽しくなる!図解』(2004.08)

■講演会のテーマ
「果てしなき挑戦」
「子供の教育・指導」

塚原 千恵子 (つかはら ちえこ)


塚原 千恵子

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「朝日生命体操クラブ」女子監督として、
19名のオリンピック選手を育てた体操の母!


日本体操協会 女子体操競技強化本部長

昭和22年、長崎県生まれ。
現役成績
大学二年…全日本学生優勝、全日本5位
大学三年…メキシコオリンビック出場(女子団体4位)
大学四年…NHK杯・全日本(長崎国体)優勝
引退後は「朝日生命体操クラブ」女子監督として、これまで19名のオリンピック選手を育て上げた名コーチである。
夫・光男氏は日本体操の黄金期を支え、あの「月面宙返り」を開発した金メダリスト。
息子・直也氏はアテネオリンピック男子体操団体金メダリスト。


■PROFILE
(有)塚原体操センター 取締役
朝日生命体操クラブ 女子監督
朝日生命体操教室副校長
(財)日本体操協会 女子体操競技強化本部長
(財)日本オリンピック委員会
北京オリンピック強化委員長
選手強化本部委員

生年月日:1947年8月12日 (旧姓)小田千恵子
出身地:長崎県
出身校:長崎県立西高等学校卒業・日本体育大学体育学部卒業

■主な経歴
1968年 オリンピック・メキシコ大会 団体4位
1969年 全日本選手権大会 個人総合優勝
1996年 リュブリアナ世界選手権大会 団体4位

■主な受賞歴
●日本代表女子ナショナルチーム・チームリーダーとして
1974年 バルナ世界選手権大会
1976年 オリンピック・モントリオール大会
1984年 オリンピック・ロサンゼルス大会
1986年 ソウル・アジア大会
1987年 ロッテルダム世界選手権大会
1988年 オリンピック・ソウル大会
1991年 インディアナポリス世界選手権大会
1992年 パリ世界選手権大会
1995年 鯖江世界選手権大会
2003年 アナハイム世界選手権大会(女子監督)
2005年 オリンピック・アテネ大会(女子監督)

●日本体育大学女子体操競技部監督として
1973年 全日本選手権大会(札幌) 団体優勝
1974年 全日本選手権大会(岡山) 団体優勝
1975年 全日本選手権大会(長野) 団体優勝

●朝日生命体操クラブ監督として
1984年 全日本選手権大会(神戸) 団体優勝
1985年 全日本選手権大会(甲府) 団体優勝
1986年 全日本選手権大会(佐世保) 団体優勝
1987年 全日本選手権大会(向日市) 団体優勝
1988年 全日本選手権大会(仙台) 団体優勝
1989年 全日本選手権大会(北九州) 団体優勝
1990年 全日本選手権大会(小松) 団体優勝
1991年 全日本選手権大会(山形) 団体優勝
1992年 全日本選手権大会(高松) 団体優勝
1993年 全日本選手権大会(名古屋) 団体優勝
1994年 全日本選手権大会(郡山) 団体優勝
1995年 全日本選手権大会(広島) 団体優勝
1996年 全日本選手権大会(大阪) 団体優勝
1998年 全日本選手権大会(熊本) 団体優勝
1999年 全日本選手権大会(富山) 団体優勝
2000年 全日本選手権大会(仙台) 団体優勝
2001年 全日本選手権大会(高知) 団体優勝
2002年 全日本選手権大会(静岡) 団体優勝
2003年 全日本選手権大会(熊谷) 団体優勝
2004年 全日本選手権大会(東京) 団体優勝

■著書
「女子体操競技入門」 講談社 (昭和57年11月発行)
「熱中夫婦ここにあり!」 実業之日本社 (平成元年6月発行)
「ウルトラE!こころ」 朝文社 (平成6年10月発行)
「塚原家の金メダル」 新潮社 (平成17年4月発行)

千葉 真子 (ちば まさこ)


千葉 真子

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座右の銘は「ベストスマイル」!
スポーツで世の中を元気にするため活躍中!


マラソンランナー

1976年7月18日、京都府宇治市に生まれ、立命館宇治高で本格的に陸上を始める。95年に旭化成に入社、 96年4月に1万メートルで日本最高記録(当時)をマーク。同年アトランタ五輪1万メートルで5位入賞。97年1月、東京シティーハーフマラソンで1時間 6分43秒の日本最高をマークした、同年アテネ世界選手権でトラック初となる1万メートルで銅メダル獲得。
2001年1月、旭化成を退社し、その後、株式会社豊田自動織機の女子陸上競技部員として、佐倉アスリート倶楽部株小出義雄氏のもとで修行を積み、2003年パリ世界選手権のマラソンで銅メダルに輝く。世界初トラック、マラソン両方でメダルを手にした。
2005年2月から競技人生の集大成として自分の考え、自分の計画でやっていくことを決意し独立。そしてスポーツで世の中を元気にしたい!という目標にも挑戦中。


■PROFILE
所属:豊田自動織機
生年月日:1976年7月18日
出身地:京都府宇治市
血液型:A型
出身校:立命館宇治高校

■経歴
1996年 アトランタ五輪10000m 5位
1997年 東京シティーハーフマラソン 優勝(日本最高)
アテネ世界陸上 10000m 3位(銅メダル)
2001年 北海道マラソン 優勝
2002年 ロッテルダムマラソン 2位
2003年 宮崎女子ロードレース 優勝
大阪国際女子マラソン 2位 2'21'45"
パリ世界陸上 マラソン 3位(銅メダル)
2004年 北海道マラソン 優勝
2005年 北海道マラソン 優勝(大会新記録)
2006年 北海道マラソン ラストラン

谷川 真理 (たにがわ まり)


谷川 真理

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テレビでもお馴染みマラソンランナー!
「1億2000万人総ランナー」を夢に走り続ける毎日。


マラソンランナー

1962年福岡県生まれ。アミノバイタル所属。
24歳でマラソンを始め、91年に東京国際女子マラソン、94年にはパリ国際マラソンで優勝。92年に都民文化栄誉賞と朝日スポーツ賞等を受賞。現在はタレントとしても活躍中。
趣味は料理。著書に『マラソン完走ブック』などがある。今も多くのマラソン大会に出場。「市民ランナーの星」と親しみを込めて慕うファンが多い。ライフワークはマラソンの楽しさを多くの人たちに伝えること。たくさんの人が走るためのお手伝いをするため、自らハイテクスポーツ塾を主宰している。夢は『1億 2000万人総ランナー』。


■PROFILE
出身地:福岡県福岡市
座右の銘:忍耐は苦しいけれどもその実は甘い
趣味:クッキング

■主な経歴
1988年 名古屋国際女子マラソン 3時間00分58秒 36位 初マラソン
1989年 大阪国際女子マラソン 2時間49分02秒 22位
ボストンマラソン 2時間46分11秒 14位
東京国際女子マラソン 2時間43分04秒 11位
1990年 名古屋国際女子マラソン 2時間37分30秒 5位
東京国際女子マラソン 2時間34分10秒 3位 日本人1位
1991年 ロンドンマラソン 2時間33分16秒 14位
東京国際女子マラソン 2時間31分27秒 優勝 初優勝
1992年 名古屋国際女子マラソン 2時間31分09秒 2位
ゴールドコーストマラソン 2時間35分38秒 優勝
東京国際女子マラソン 2時間33分57秒 6位
1993年 名古屋国際女子マラソン 2時間34分15秒 14位
東京国際女子マラソン 2時間28分22秒 2位 日本人コースレコード
1994年 パリ国際マラソン 2時間27分55秒 優勝 大会新記録
東京国際女子マラソン 2時間34分31秒 7位
1995年 ボストンマラソン 2時間31分48秒 7位
1996年 名古屋国際女子マラソン 2時間35分36秒 22位
東京国際女子マラソン 2時間40分22秒 12位
ホノルルマラソン 2時間36分20秒 3位
1997年 東京国際女子マラソン 2時間37分45秒 16位
1998年 マウイマラソン 2時間40分00秒 優勝
北海道マラソン 2時間36分15秒 6位
東京国際女子マラソン 2時間35分24秒 特別参加
ホノルルマラソン 2時間39分03秒 4位
1999年 大阪泉州マラソン 2時間40分24秒 優勝
マウイマラソン 2時間46分13秒 優勝
北海道マラソン 2時間45分44秒 11位
大阪・淀川市民マラソン 2時間39分30秒 優勝
ホノルルマラソン 2時間41分54秒 4位

※ランニングは24歳、OL時代の昼休みに会社の同僚とお花見に行き、皇居周辺のジョガーを見た翌日から走り始めた。1991年 東京国際女子マラソンで初優勝を果たし、トップランナーの仲間入り。

■主な受賞歴
平成4年 東京都都民文化栄誉賞受賞

■主なメディア活動歴
● 著書
「谷川真理のランニングフィットネス」(学習研究社)
「走って食べてヘルシーライフ!」(PHP研究所)
「マラソン完走ブック」(成美堂出版)

●ビデオ
谷川真理のランニングバイブル

●映画
「チルソクの夏」

●2002年1月、ハイテクスポーツ塾開校

※ランナーだけでなくタレントとしても活躍中

■主な社会貢献活動
・ 1998年2月対人地雷除去作業で片足を失ったランナークリス・ムーン氏の伴走を務める
・ 地雷廃棄工場建設地(比叡山)でクリス・ムーン氏と70kmを走る
・ 谷川真理ハーフマラソン大会開催
   「地雷ではなく花をください」をテーマに、基金400万円を集める
・ 「難民を助ける会」に協力、現地へ毛布を届ける為のチャリティー活動展開中
   難民を助ける会情報  URL: http://www.aarjapan.gr.jp
・ 知的障害者と走る活動を継続中
・ 2002年 社会貢献活動の一環としてパキスタンへ
・ スポーツ振興投票助成審議委員
・ 江戸開府400年記念事業実行委員
・ テレビ放送番組審議委員

■講演テーマ
『夢・・・「1億2千万人総ランナー」 ~多くの人に走る楽しさを伝えたい~』

ジョギングを始めたのは24歳の春だった。
翌年の初マラソンを3時間で走り、それから3年後の東京国際女子マラソンに優勝して、
彼女の名前は世界に知れわたった。

高校時代は無名の中距離選手。25歳で初マラソンを走り、30歳前後に数々の好成績を挙げた。30歳を過ぎてオリンピック候補となった谷川真理は、日本女 子マラソン選手の中では遅咲きと言われる。しかし当人は、「マラソンは心身ともに大人でないと長続きしない」と言う。42キロを走れる体はじっくり作らな くてはならない。マラソンは1つのレースに向けて、少なくても3ヶ月は準備にかかる。だから長い目で自分の競技生活を見つめ、自身をコントロールできる力 が必要なのだ。
「私が長く走ってこれたのは、基本的に季節を感じながら走ることが好きだから・・。それと、個人の生活拠点をもって、自分に合ったペースで競技生活を組み 立てられたことが大きい」と谷川は感じている。 24歳の春、OLの谷川真理は皇居で花見をしながら、傍らを走り抜けていく市民ランナーの姿に魅せられていた。「高校時代、走ることは苦しいだけだった。 なのに、この人達は気持ちよく楽しそうだ。自分も風を切ってさっそうと走ってみたい」と思った。翌日から毎日、会社の昼休みに皇居に走り出た。多くの市民 ランナーがランニングの魅力として挙げる、走りながら季節を感じる喜び、自ら課した目標をクリアしていく楽しさを知った。以来、人生が変わってしまった。

走り始めて4ヵ月後、皇居で練習する市民ランナーの強豪が集まる走友会、北の丸ACに入会。そこで、彼女のその後の人生を大きく変える、現コーチの中島と出会った。

中島から「マラソンはトレーニング次第。人より長く走れば、それだけ走れる体になる。今からでも必ず強くなれる」と言われ、その言葉に触発されて谷川はマ ラソンを走ってみたくなった。それからは毎週土日、北の丸ACのメンバーと一緒に長野県蓼科高原で、連日50キロ走るトレーニングが始まった。当時、実業 団の女子マラソン選手でも、谷川ほど練習で長い距離を走る選手はいなかった。
中島は30歳から走り始めた市民ランナー。「谷川はみんなに育ててもらったんです。僕はまったくの素人だから、彼女のトレーニング方法について、積極的に まわりにアドバイスを求めてきました。特に東京大学の先生方による最先端のスポーツ科学に基づいた指導があったから、市民ランナーでもあそこまでいけた。 僕らはいつも、申し訳ないほど周りに恵まれてきました」。中島はそう語る。

谷川は現在、東京大学の小林寛道教授に協力を頂き、千代田区神田神保町に「ハイテクスポーツ塾」を開校している。谷川も自ら多くの走りの好きなランナーを 指導している。小林教授は、谷川真理の「1億2千万人総ランナー」という思いに共感を持たれ、これまで東京大学と一部のトップ選手にだけ使用してきたト レーニングマシン『カンド君』と『マリノ』を、一般の方にも広く使って欲しいと開放して下さった。谷川自身も、カンド君の1号機が完成したときに最初に使 用した一人だった。
こうして多くの人に支えられ、谷川のいまがある。

■講演会演題例
「忍耐は苦しいけれどもその実は甘い」
「走って、食べて、ヘルシーライフ」

田中 雅美 (たなか まさみ)


田中雅美

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オリンピック3大会連続出場。
世界での経験を基に、水泳の素晴らしさ、スポーツの楽しさを伝えます!


元水泳選手/解説者
ミズノアンバサダー
鎌倉女子大スポーツアドバイザー


■PROFILE
生年月日:1979年1月5日
出身地:北海道
血液型:B型
学歴:八王子高校→中央大学法学部
オフィシャルブログ:アスリートだって女の子ですもの!

■主な経歴
7歳で本格的に水泳を始める。
1994年 日本選手権、100m・200m平泳ぎの二冠
1995年 日本選手権、100m平泳ぎで日本記録を11年ぶりに更新
1996年 アトランタオリンピック出場
100m平泳ぎ・13位、200m平泳ぎ・5位
2000年 シドニーオリンピック出場
100m平泳ぎ・6位、200m平泳ぎ・7位、400mメドレーリレー・銅メダル
※4×100mメドレーリレーで銅メダルを獲得。
2004年 アテネオリンピック出場
200m平泳ぎ・4位
100分の5秒差で惜しくも4位。大会終了後、現役引退。
【現在保持中の記録】
1999年 短水路400mメドレーリレー…日本記録
2005年 ダイナミック アプネア ウィズアウト フィン(プールでのフィン無し平行潜水)…日本新記録
現役引退後はスポーツキャスターとして、テレビ・ラジオなどメディアで活動。オリンピックや国際大会での経験を基に、メディアでの活動や水泳教室を通じて水泳の素晴らしさを伝えるほか、スポーツと健康、女性の健康と美しさなどにも関心を持ち、活動は多岐にわたっている。

■主なメディア出演
■NHK「生中継ふるさと一番!」
■NHK「こんなにステキなにっぽんが」
■TBS系「イブニングファイブ」スポーツコーナー
■TBS「BODY」
■TBS「みのもんた朝ズバッ!」コメンテーター
■テレビ朝日「世界水泳」、「世界競泳」解説

【著書】
『BODY+REMAKE』(ワニブックス)
『きれいに速く泳げる 田中雅美のスイミング』(宝島社)

【連載】
東京新聞・夕刊(月曜)『放射線』(2006/1~6)
東京新聞『言いたい放題』月2回

■講演会演題例
「オリンピックと私」

田中 正人 (たなか まさと)


田中正人

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世界一過酷と言われるアドベンチャーレース「レイドゴロワーズ」日本人初完走の経験を持つ、プロアドベンチャーレーサーの国内第一人者


プロアドベンチャーレーサー

1993年第1回日本山岳耐久レースでの優勝がイベントプロデューサーの目に留まり、世界一過酷と言われるアドベンチャーレース「レイドゴロワーズ」にタレントの間寛平氏率いるチームで出場。日本人初完走を果たす。以降、8年間勤めた会社を辞め、プロアドベンチャーレーサーに転向。数々の海外レースで実績を作り、国内第一人者となる。現在、海外レースに出場する一方で、国内レースの開催及び講習会、トレーニング生の育成にも携わる。また最近では長年のアドベンチャーレース経験を活かし、「対自然・対人間・対自分」や「チームワーク」をテーマにした講演活動も行なっている。


 ■ PROFILE
職業:プロアドベンチャーレーサー
所属:イーストウインド・プロダクション(代表)
チーム:チーム・イーストウインド(キャプテン)
生年月日:1967年12月1日
出身地:埼玉県

 ■ 主な経歴
【世界的アドベンチャーレース】 田中正人
[レイド・ゴロワーズ]
1994年 ボルネオ大会 15位[間寛平チームで出場、日本人初完走]
1997年 南アフリカ大会11位、
1998年 エクアドル大会 ランク外24位
2000年 ヒマラヤ大会14位
[エコ・チャレンジ]
1996年 カナダ大会 ランク外24位
1997年 オーストラリア大会 特別賞受賞
1999年 アルゼンチン大会15位(日本人チーム初完走)
2000年 マレーシア大会13位
2001年 ニュージーランド大会 11位
[サザントラバース]
1997年 3人チームクラス 4位
1998年 5人チームクラス 4位
[プライマル・クエスト]
2006年 アメリカ・ユタ大会 19位
[アドベンチャーレーシング・ワールドチャンピオンシップ]
2005年 ニュージーランド大会リタイヤ
[マイルドセブン・アウトドアクエスト]
1997年
1998年
1999年
2000年
2002年
2003年
2004年
田中正人11位
9位
11位
13位
15位
12位
12位(特別賞受賞)
[クロス・アドベンチャー]
1999年 フランス大会36位、 ドイツ大会12位、 日本大会6位(国内1位)、 モロッコ大会21位
2000年 フランス大会30位、 USA大会13位、 スカンジナビア大会24位、 日本大会3位(国内1位)、 イタリア大会11位
[ボルヴィック・トロフィー]
1995年 日本大会 優勝、 フランス大会14位
[ウカタック]
2000年 3位(カナダ・ケベック州のウインターアドベンチャーレース)
他、国内外の有名マラソン大会、オリエンテーリング、山岳競技で入賞多数

 ■ 主な事業歴
田中正人[アドベンチャーレーシングジャパンシリーズ]
2008年~ 主催 2008年3戦、2009年6戦予定
[アドベンチャーレーシングクラブKOCCi]
2004年 設立。講師、運営、企画を手がけ現在に至る。
東京都山岳連盟主催「日本山岳耐久レース安全走行講習会」
2008年 講師
[里山アドベンチャー]
2002~2006年 大会実行委員長
2007年~現在 相談役
[タブスカップ・スノーシューレース]
2005年~現在 大会実行委員長
[伊豆アドベンチャーレース]
1996~2005年 競技ディレクター
[伊豆アドベンチャーレース・トレーニングキャンプ]
2002~2005年 ディレクター&講師
[サロモン・X-アドベンチャー・トレーニングキャンプ]
2000年 講師
2001年 講師&ディレクター

 ■ 主なメディア出演
【雑誌・書籍】
トレイルランナー / ノースランド出版
アドベンチャースポーツマガジン2008 / 山と渓谷
HOW TO トレイルランニング / STUDIO TAC CREATIVE
フィールドライフ夏号 / エイ出版社
勝利の女神に逢いに(著・柳みどり) / 上毛新聞社
トレイルラン / ランナーズ
タンデムスタイル / クレタパブリッシング

【新聞】
日本経済新聞
日刊スポーツ

【テレビ】
課外授業~ようこそ先輩~ / NHK
雨上がりプロデュース・サハラマラソンに挑戦SP / 日本テレビ
真相報道バンキシャ! / 日本テレビ テレビ
「プライマルクエスト」   特番「世界一過酷なレース」 / 日本テレビ
ニュースステーション / テレビ朝日系列
「冒険レース マイルドセブン・アウトドア・クエスト2004」 / NHK

【ラジオ】
「プライマルクエスト」   WALK AROUND GUNMA / FM群馬(86.3)

他、書籍、雑誌多数

 ■ 講演実績
・テイケイ・ワークス株式会社
・岐阜県垂井町立不破中学校
・岐阜県羽島市立桑原中学校

 ■ 資格・所属
・日本リバーガイド協会公認リバーガイド
・日本山岳ガイド協会公認山岳ガイド
・日本赤十字社 救命救急法救助員
・東京消防庁 上級救命技能認定
・日本赤十字社 水上安全法救助員
・メディック ファーストエイド
・レスキュー3 スイフトウォーターレスキューテクニシャン レベルⅠ,Ⅱ(急流水難救助の国際資格)
・スキー検定(SAJ 2級、SIA セミゴールド)
・スキューバダイビング Cカード
・大型自動車運転
・大型自動二輪運転
・甲種危険物取扱者
・3級アマチュア無線
・2級小型船舶(5t限定&特殊)

達川 光男(たつかわ みつお)


達川 光男

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広島カープ黄金期の投手陣を支え続けた名捕手!
監督・コーチを経験して得たコーチング理論と、独自のリーダーシップ理論を併せ持った希有な存在。
笑いあり、涙ありの楽しい講演をお届けします!


野球解説者




■PROFILE
生年月日: 1955年7月13日
出身地 : 広島県
出身校 : 広島商業高校~東洋大学
球 歴 : 1978~1992年 広島東洋カープ 現役
1995年 福岡ダイエーホークス コーチ
1998~2000年 広島東洋カープ 監督
2003年 阪神タイガース コーチ
投 打 : 右/右
身 長 : 177cm
体 重 : 75kg


■ 略 歴
‘78年ドラフト4位で広島に入団。ポジションは捕手。
‘84年、’86年、’91年と広島東洋カープをリーグ優勝に導くなど、15年間広島東洋カープの名捕手として活躍。
‘89年には1000試合出場達成し、ベストナイン賞、ゴールデングラブ賞、日本シリーズ敢闘賞などを受賞。
現役時代はオールスターゲームに7回出場。
‘92年に現役引退するまで、名実共に日本を代表する捕手として活躍。
その後、福岡ダイエーホークス(現:ソフトバンクホークス)コーチ、広島東洋カープの監督、阪神タイガースコーチを経て、現在は野球解説者を務める。


■ 成績・受賞歴
オールスターゲーム出場 7回
ベストナイン受賞 3回 (’84年、’86年、’88年)
ゴールデングラブ賞3回 (’84年、’86年、’88年)
最優秀バッテリー賞 特別賞(’92年)


■ 主なメディア活動歴
テレビ:フジテレビ、テレビ新広島、
ラジオ:ニッポン放送、毎日放送ラジオ
新 聞:スポーツ報知


■ 講演会演題例
・苦しみを笑いに変えた野球人生
・達川光男のリーダーシップ論  他

竹村  りょうこ (たけむら りょうこ)


竹村 りょうこ

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テニスの普及活動にも積極的に努める、
現役プロテニスプレーヤー!


プロテニスプレーヤー

8歳よりテニスを始め、数々の輝かしい戦歴を飾る。現在も現役プロテニスプレーヤーとして活躍中。全日本ダブルスランキング17位(2006年4月時)に位置し、今後の活躍がますます期待される。
現役の傍ら、自らのカップ戦を開催したり、スクール・コーチ業もこなし、テニスの普及活動にも積極的に活動している。


■PROFILE
所属:フリーデン
生年月日:1976年6月2日
出身地:神奈川県平塚市
出身校:平塚市花水小学校-浜岳中学校-湘南工科大付属高校-慶応義塾大学卒業
身長:168cm
体重:内緒
血液型:B型
右利き、フォア:シングルハンド
テニス歴:8歳から
主な練習場所:亜細亜大、大磯PH、荏原SSC等
ギア:エレッセ(ウェア)、バボラ(ラケット、ガット)、ニューバランス(シューズ)

■主な戦歴
2001年 日本リーグ荏原 準優勝 併せて最優秀選手賞受賞
イザワクリスマス ダブルス優勝
第76回全日本選手権準 優勝
画像ファイル "http://www.caspo.jp/player/images/takemura_ryoko_pic.jpg" は壊れているため、表示できませんでした。
2002年 イザワクリスマス ダブルス準優勝
第77回全日本選手権ダブルス ベスト4
2003年 全日本テニス選手権大会 ダブルス準優勝
関彰オープン シングルス優勝 ダブルス準優勝
2004年 須玉国際女子テニス2004出場 ダブルスベスト8
AIGジャパンオープン出場
全豪オープンダブルス出場
2005年 イザワクリスマス ベスト4
第80回全日本選手権 ダブルスベスト4
須玉国際女子テニス出場
ゴーセンカップ ダブルス優勝
AIGジャパンオープン出場
セキショウ国際女子オープン ダブルス優勝
毎トー ダブルス優勝
軽井沢国際女子オープン ダブルス優勝
東レ パン・パシフィック・オープン・テニス ダブルスベスト8
2006年 第42回島津全日本テニス選手権大会 ベスト4
東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント WTAツアー出場
草津国際大会 ダブルス準優勝

竹下 佳江 (たけした よしえ)


竹下 佳江

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世界最小・最強セッター
全日本女子の司令塔。


プロバレーボール プレーヤー

"世界最小・最強セッター"全日本女子バレーボール代表の司令塔。 2004年アテネ五輪では見事5位入賞を果たす。勝負どころの嗅覚の鋭さ、素早くボールの下へ入り込み、意のままに高速トスをさばくスピードは世界各国も 驚愕する。2004年、現役日本人唯一の「プロバレーボール選手」として宣言し、JTマーヴェラスを第11回Vリーグ優勝に導くのが現在の目標。


■PROFILE
所 属 JTマーヴェラス
成年月日 1978年3月18日
出身地 福岡県 北九州市
血液型 A型
身 長 159cm
出身校  不知火女子高等学校(現誠修高等学校)

■主な戦歴
1995年 全日本選抜・世界ユース大会 優勝
1996年 NECレッドロケッツ入団
1997年 全日本代表入り
1999年 第6回Vリーグ全勝 優勝・Vリーグベスト6
2000年 第7回Vリーグベスト6・シドニー五輪最終予選出場
2001年 NECレッドロケッツ退団
2002年 JTマーヴェラス入団
2003年 ワールドカップ出場 最優秀敢闘賞
2004年 アテネ五輪出場 5位入賞
2005年 全日本代表キャプテン就任
2006年 世界バレー MVP・ベストセッター賞
2007年 JTマーヴェラス Vプレミアリーグ「JTマーヴェラス」準優勝
    黒鷲旗全日本選抜バレーボール大会「JTマーヴェラス」準優勝
    第14回アジア選手権優勝
2008年 天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会「JTマーヴェラス」3位

高山 善廣 (たかやま よしひろ)


高山善廣

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脳梗塞を克服し復帰した、プロレスラー。
しかも、その容貌を裏切る多彩な特技の持ち主。


プロレスラー

かつてはライフ・セービングを職業としていた異色の経歴を持つ。 UWFインターナショナル、キングダム、全日本プロレス、NOAH と渡り歩き、大森隆男とのタッグ「NO FEAR(ノーフィアー)」はプロレス界に大きなムーブメントを起こした。そして2000年2月に突如フリー宣言し、PRIDE参戦を表明。アグレッシブな戦いを展開し、高い人気を集めている。2004年8月8日の佐々木健介戦後、脳梗塞で倒れて長期戦線離脱となったが、2006年7月16日、NOAH武道館大会にて2年ぶりにマットに復帰した。また、類まれなる体格とキャラクターが活きる芸能活動を積極的に展開中。


■PROFILE
生年月日:1966年9月19日
身長:196cm
体重:125kg
血液型:O型
趣味:フィギュア収集
特技:剣道・ラグビー・ライフセービング

出身地:東京都
出身校:東海大学文学部文明学科卒業

■主な戦績
1992年 UWFインターナショナルにて、プロレスデビュー
1997年 全日本マット参戦
1999年 全日本に正式入団
「NO FEAR」結成
アジアタッグを奪取し、第66代王者となる
     第38代世界タッグチャンピオン
     アジアタッグと合わせて史上初のタッグ三冠達成
2000年 全日本プロレス脱退
     プロレスリング・NOAHへ参加
     NOAHを退団しフリーに転身
     PRIDE参戦を表明
2002年 NOAH 第4代GHCヘビー級チャンピオン
2003年 新設NWFヘビー級チャンピオン
第32代IWGPチャンピオン
プロレス大賞MVPを受賞
2004年 第46代IWGPタッグチャンピオン
2006年 NOAH ”Summer Navigation’06” 最終戦 武道館大会にて 約2年ぶりにリングに復帰

■主な受賞歴
2002年 プロレス賞「殊勲賞」
     プロレス賞「年間最高試合賞(ベストバウト)」(VS 永田裕志 5/2)
2003年 プロレス賞「最優秀選手賞(MVP)」
2004年 プロレス賞「最優秀タッグチーム賞」
2006年 プロレス賞「カムバック賞」

■主なメディア活動歴
●テレビ・ラジオ
・NHK大河ドラマ「利家とまつ」(2002年)
・「世界一受けたい授業」
・「笑っていいとも」
・「ダウンタウンDX」
・「踊るさんま御殿」
・「元祖でぶや」
・「ジャンクスポーツ」
・「特命係長・只野仁」(第19話)
・NHK大河ドラマ「功名が辻」(2006年)
・「徹子の部屋」(2007年) 
・TOKYO FM「よんぱち」(2005年) 他

●映画
・2005年 「魁!クロマティ高校 THE MOIVE」(2005年)
・2005年 「殴者」(2005年)

そのほか、バラエティー番組・トーク番組など数多く出演

高橋 祐爾 (たかはし ゆうじ)


高橋 祐爾

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独自のトレーニングプログラム「Sexy Fitness」を持つ、
イケメンパーソナルトレーナー!


パーソナルトレーナー

18歳からフィットネスクラブでトレーナーとして働き始める。
大学卒業後、ロサンゼルスに渡米し、2年間俳優として活動。その後、ウェイトトレーニングとフィットネストレーナーとしての活動を本格化する。

「TARZAN」「FYTTE」「BODY+」「SOUP」「MORE」「フィットネスジャーナル」などの雑誌で、スポーツモデル、エクササイズ紹介・監 修として、女性向けの記事に関わったことが、現在の自分のフィットネス感覚、パーソナルトレーニング、女性のためのフィットネスへの理解に大きな影響を与 えた。

レヴァン東武練馬、エグザス青山・下北沢、クランチ表参道を経て、現在はスポーツクラブ・ルネサンス三軒茶屋にてパーソナルトレーナーとして勤務。パーソ ナルトレーニングにおいては、独自のトレーニングセオリーとして、ダイエット法「カーボサイクルダイエット」と食事法「1:1:1理論」を持ち、ルネサン ス三軒茶屋では、パーソナルトレーニング売り上げ全国ダントツNo.1かつ毎月200本以上のパーソナルトレーニングを行っている。


■PROFILE
スポーツクラブ・ルネサンス三軒茶屋にて勤務
生年月日:1971年2月6日
出身地:広島県尾道市
トレーニング歴:17年
トレーナー歴:14年
体脂肪率:6%(5年間維持)
英語スキル:TOEIC 870点

■メディア活動歴
●TV
ナイナイサイズ 「岡村杯!エクササイズグッズ選手権」(日本テレビ)
ミラクルシェイプ (日本テレビ)

●雑誌
TARZAN 「06年的 モテ体型の作り方!」
BODY+「巻頭特集『汗かき美人道』 chapter.2 SEXYボディサーキットtraining」
SOUP 「オフィスで電車で-どこでもできる簡単引き締めエクササイズ」
SPUR 「ENERGY SPUR 2 『夏こそ本気で、カラダをつくる!』」
COSMOPOLITAN 「ぷよぷよ体を引き締める やせる技術 BEST4」
MORE 「色気あるカラダに変わるマル秘レッスン!」
FYTTE 「畳一帖ダイエット」
FORM 「カッコよくスーツを着るためのフィットネス」
Gainer
MORE
美的
フィットネスジャーナル
世界最速ダイエットブック

●インターネット
happini.com (ハッピーニ)

●CM
ユニクロ(スポーツウエア モデル)

■コラム:パーソナルトレーニングとは
もうムダなトレーニングはやめよう!

私は靴を買うとき、そのシューズの特徴について店員の意見を聞く。
コンピューターを買うときには店員の意見を詳しく聞くことにしている。
なぜならその商品に対しての知識がない、
または全く素人並みの知識しかないからだ。

素直に認めて、右往左往することなく、手っ取り早く何が良いかを
決定したいから。 シェイプアップやダイエットのトレーニングに関しても同じ。


それについてよく知らない、ただそれだけのために
うまく結果が出てこないというのは大変な時間の浪費で、疲れてしまう。

手早く早い段階で、上級者並みの運動種類、運動レベル、
テクニックを身につけることができるのが、私のパーソナルトレーニング。
実際に運動している時間も「無駄なく」を基本に中身を濃く、
早く確実に結果を得られれば、「無駄がなかった」ことを時間できることでしょう。

そろそろムダなトレーニングはやめて、時間の節約をしていく時代です。

高橋祐爾 パーソナルトレーニング

綺麗でセクシーな体を作るパーソナルトレーニング

高橋祐爾のパーソナルトレーニングは
シェイプアップに特化したパーソナルトレーニング。
高橋祐爾のパーソナルトレーニングはカーボサイクルダイエットを利用し、
キレイで、カッコよく、セクシーな体を作ることを目的としています。

体脂肪を落とすのなんて簡単だ!

現在ルネサンス三軒茶屋での私のパーソナルトレーニングの
宣伝ポスターにある宣伝コピーは
「体脂肪を落とすのなんて簡単だ!」となっています。

誇大広告ではありません。
話は違いますが、男性でも筋肉をつけるには、死ぬほどトレーニングして、牛のように

食べて、それでも1年ではまだ他人は認めてくれない程度の発達です。
ボディビルダーのような人でもはじめて大会に出場するのに3年はかかることでしょう。

皆さんが目にする巨大な筋肉マンたちは10年以上の歴があるのです。

反対に体脂肪を落とすのはわずか数ヶ月あれば誰でも可能です。
もちろん健康的な、筋肉を落とさず体脂肪を落とす場合です。
やれば落ちる「体脂肪を落すのなんて簡単だ!」がモットーです。

高橋 一馬 (たかはし かずま)


高橋 一馬

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世界最高峰NHLを目指す期待のアイスホッケープレーヤー


アイスホッケープレイヤー








■PROFILE
生年月日: 1978年4月17日
出身地: 青森県八戸市
身長: 176cm 
体重: 82kg
血液型: O型
出身校: 早稲田大学
ポジション: FW(フォワード)

教員免許、アメリカでのアイスホッケーコーチングライセンスを保持
ブログ:http://kaz78.com

■主な経歴
1997年 U-18 アジアオセアニア世界選手権大会
U-20 Jr世界選手権大会出場
1998年 U-20 Jr世界選手権大会出場
1999年 ユニバーシアード大会出場
2000年 世界選手権大会極東予選 日本A代表
2001年 ユニバーシアード大会出場
西武鉄道入団
2003年 コクド入団
2004年 日光アイスバックス入団
2006-2007年 北米リーグトライアウト
2007年 AHLブリッジポート サウンドタイガース(NHLニューヨーク アイランダース傘下2軍)のトレーニングキャンプに参加
2007-2008年 ECHLユタ グリズリーズ入団(アイランダース傘下3軍)
【コーチ歴】
2004-2007年 日光アイスバックスサマースクール インストラクター
2006年 早稲田大学アイスホッケー部 コーチ
2007年 U.S.A. Hockey Coaching License “Level 3” 取得

■主なメディア活動
【雑誌】
『男のカラダ』
『バーチャルエクササイズでアスリートボディーになる』

関口 勇一郎 (せきぐち ゆういちろう)


関口勇一郎

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水中カメラマンとしても活動するマリンスポーツ業界の第一人者


プロダイバー

17年前、ハワイにてスキューバーダイビングに出会う。70歳を超えた高齢の人や、耳が聞こえない等、一般的には障害を持った人までも、生き生きとダイビングをする姿に今までに感じた事のなかった衝撃と感動を覚え、奥の深い感動のできるスポーツを、日本で広めたいとインストラクターになる。
数々の国内、海外での海を潜る中、ライセンス発行枚数1000人、ダイビング本数5000本を超える。映画「海猿」のメンバーのダイビング指導や著名人のライセンス取得なども手がけ、最高ランクのコースディレクターインストラクターとして、インストラクターの養成から、ダイビングプロデュースを実施、マリンスポーツ業界の第一人者として活躍している。
水中カメラマンとしても活動するなか、今の現実の海の世界を知ってもらいたいと思うようになり、社団法人 海洋環境再生協会の代表理事に就任。
サンゴ保全活動を中心に、海洋環境の現状と再生を研究、海のエコイベントやエコツアーの開催をしていきながら海エコの重要性を伝えていっている。


 ■ PROFILE
マリンエコフォトグラファー
社団法人 海洋環境再生協会 代表理事
大阪市立大学院卒業 創造都市研究 修士
大阪府教育委員会パートナー

オフィシャルブログ【南風】
http://ameblo.jp/sekiguchiyuichiro/

 ■ 主な出演履歴
毎日放送 「知っとこ」
日本テレビ 「ニュースゼロ」
アメーバTV 「お昼の番組」
FMitami
読売新聞
日経MJ
日経産業新聞
経済産業省後援ドリームゲート
月刊マリンダイビング
立命館大学 2008年 特別講師
講演 「小学校・大学・企業・NPO・スポーツ団体」
関口勇一郎
「マリンエコ」DVD
俳優:保阪尚希共演

 ■ 主な講演内容
<主な講演テーマ1>
「みんなでサンゴを守ろう」(小学校)
普段接することの少ない海の中で、サンゴの特徴から、海の環境の中でサンゴが担っている役割を知り、今みんなが出来る環境が何なのかを学ぶ。そして海の素晴らしさを感じてもらう。

<主な講演テーマ2>
「海洋環境と海エコ」(中学~大学・NPO)
近年海洋環境は大きく変化してきました。海水温上昇によるサンゴの白化現象、赤土による海洋水質汚染など多くの問題があり、海洋生態系にも影響をうけだしました。
このままだの状態が続けば2050年までに美しい海の象徴であったサンゴは絶滅してしまう恐れがあります。
これから美しい海を残していく為、1人1人が出来る事を実践していけるようにする。

<主な講演テーマ3>
「海から学ぶCSR」(企業)
企業のCSRの重要性を求められる中、社員の環境に対して、現状の海の世界を知ってもらい、社会的役割を担って行く。会社の光熱費など経費縮小を目指す。

<主な講演テーマ4>
「環境ビジネス経営」(経営学部・起業家)
環境ビジネス市場が膨らむが、海の自然と向き合った経験から、誰もしていない世界を創造し、みんなが幸せになるビジネスプランの作り方を知る。

鈴木 岳 (すずき たけし)


鈴木 岳

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多くのアスリートのトレーナーとしての活躍実績をもつ、
アスレティックリハビリテーションの第一人者。


アスレティックトレーナー / 株式会社R-body project代表取締役

大学卒業後、アスレティックトレーナーを目指してワシントン州立大学に入学。全米公認アスレティックトレーナー (ATC)の資格を取得し、同大学を卒業。1998年、全日本スキー連盟フリースタイル(モーグル)チーム専属トレーナーとなり、ソルトレイクオリンピッ クでの上村愛子選手、里谷多英選手の活躍を支える。 2006年には「team aiko」(上村選手)専属トレーナーとして、トリノオリンピックにも帯同した。
2003年12月、トップアスリートレベルのサービスが誰でも手軽に受けられる施設作りを目指し、株式会社R-body projectを設立。一人ひとりに合わせたカスタムメイドのアスレティックリハビリテーション、コンディショニング指導を提供している。
その傍ら、スポーツ医学書の翻訳やトレーニング理論やアスレティクリハビリテーションに関する執筆なども行う。その他、国立スポーツ科学センター非常勤トレーナー、全国各地での講演会活動なども行っている。


■PROFILE
生年月日:1971年2月23日
出身地:東京都
血液型:B型

■主な経歴
1997年 ワシントン州立大学卒
2003年 筑波大学大学院修了
1998-2004年 全日本スキー連盟フリースタイルチームトレーナー・日本オリンピック委員会(JOC)医科学強化スタッフ
2003年~ 株式会社R-body project設立 代表取締役就任
2004-2006年 早稲田大学非常勤講師
2005年~ team aiko〔上村愛子〕専属トレーナー(現)
国立スポーツ科学センター(JISS)非常勤トレーナー(現)

■資格
全米公認アスレティックトレーナー(ATC)
全米公認ストレングス&コン ディショニングスペシャリスト(CSCS)
日本体育協会公認アスレティックトレーナー(AT)

■主なメディア実績
●雑誌
「Tarzan」(マガジンハウス)
「STORY」(光文社)
「GQ」(コンデナスト・ジャパン)
「anan」(マガジンハウス)
「トレーニングジャーナル」(ブックハウスHD)
「スポーツメディスン」(ブックハウスHD)
「コーチングクリニック」(ベースボールマガジン社)
「SKI GRAPHIC」(ノースランド出版)
他、多数。

●ラジオ
FM 『WEEKEND MAGIC』(J-WAVE)「Amino-Value +ACTIVE」

●その他
WEB 『アスリート就職ナビ2007』 (インダス株式会社) 「体育会OBOG社長インタビュー」
WEB 『GOLF DIGEST ONLINE』(ゴルフダイジェスト・オンライン) 「ゴルファーズブログ」
WEB 『MYCOM BIZUP』(毎日コミュニケーションズ) 「ハッピー起業ライフ」
WEB 『webアクロス』(パルコ) 「special issue/across Who's who?」

白石 康次郎 (しらいし こうじろう)


白石 康次郎

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ヨットによる単独世界1周を3度達成した男。
幼少の頃から描いた夢の実現を成し遂げた白石康次郎。
心に描いた夢を現実のものにするために、必要な能力とは?
また、思いがけない自然の猛威に遭遇したとき、如何にして対処を施すか?
子供から経営者まで、ためになる『冒険の話』をお届けします。


海洋冒険家

少年の時に船で海を渡るという夢を抱き、その大志を胸に三崎水産高校でエンジニアの勉強をし、卒業後は単独世界一周レースで優勝した故・多田雄幸氏に弟子入り。ヨットレースをサポートしながら、修行を積み、数々のレースに出場。
1991年シドニー~伊豆・松崎 太平洋単独横断に成功。1993年26歳の時に2度の失敗を乗り越え、176日間で史上最年少単独無寄港無補給世界一周の記録を樹立。その後は、海だけでなく、数々のアドベンチャーレースで活躍。アドベンチャーレースの最高峰の大会であるレイドゴロワーズで11位(日本人新記録)に入賞。1998年横浜~サンフランシスコを双胴船〔エクスプローラー号〕に乗り込み、14日間で横断、世界新記録を樹立。多くのメディアで取り上げられた。2000年7月に開催された“キャメルトロフィー”では約2000名の応募者から日本代表に選ばれ出場を果たす。
2002年9月~2003年5月、念願の単独世界一周ヨットレース“アラウンドアローン”に出場。見事完走し、クラスⅡ(40フィート)で最速のハリーミッチェル賞を受賞。過酷なレース中にもかかわらず、インターネットで洋上から多くの写真とメッセージを送り、子供達に冒険授業を行う。(ゲンキッズオーシャンチャレンジ。)
2006年10月、再び世界一周レース“VELUX 5OCEANS”(アラウンドアローンより改名)に挑み、アジア人初となるクラスⅠ(60フィート)に参戦。2007年5月、2位の好成績でゴール。


■PROFILE
生年月日:1967年5月8日
出身地:神奈川県鎌倉市
出身校:横浜国立大学教育学部附属鎌倉小・中学校 卒業
      神奈川県立三崎水産高校専攻科機関科 卒業

■主なメディア活動歴
●TV・雑誌
2000年7月 NHK「おはよう日本」
2001年2月18日 TBS「情熱大陸」
2002年8月、9月 NHKサンデースポーツ
2002年6月
~03年6月
文藝春秋『Number』レギュラー
2003年2月、5月 NHKサンデースポーツ
2003年 TBS「情熱大陸」、テレビ朝日「ニュースステーション」、CX「ジャンクスポーツ」 、TBS「本気顔面」 
マガジンハウス『ターザン』、『フリーアンドイージー』など特集
* 上記の他にもテレビ・ラジオ・雑誌に数多く出演中! *
●ビデオ
  「白石鉱次郎 176日の航跡」 文藝春秋:Numberビデオより発売

●書籍
  「アラウンドアローン」  文藝春秋
  「僕たちに夢と勇気を・・・ 冒険者」  宝島社
  「七つの海を越えて」 文藝春秋:NumberBOOKS
  「大冒険術」ぼくらなぜ世界に挑むのか  文藝春秋:野口健さんとの合作

●教育活動
・アラウンドアローンのレース中、小学生とインターネットを使った冒険授業を開催
・横浜市教育委員会の横浜教育改革委員を務める
・2004年10月にみなとみらいの日本丸メモリアルパークにて教育イベント開催
(3日間で親子約5万人の動員)

■講演
形式: 講演会・トークショー
演題: 「夢、挑戦、そして人とのつながり」、「七つの海を越えて」他
時間: 60~90分 ビデオ映像、パワーポイント
講演内容: 26 歳の時、ヨットで単独無寄港世界一周の最年少記録を打ち立て、17年間の夢であった「アラウンドアローン(単独ヨット世界1周レース)」への参戦をかなえ た白石康次郎が、ビジネスマンには、困難に直面した時にどのようにその局面を打開してきたか、ゴールへの道のりはどんなものなのか、難しい年頃を持ったご 両親や子供達には、夢に向かって努力する姿、人生の目的とは、を彼の素晴らしい経験を元に語ります。

■講演会近年の実績
株式会社みずほ銀行講演会
福井県立大学講演会
茨城県立海洋高校講演会
富士通新任管理職講演会
船井総研研究所経営戦略セミナー講演会
東洋製罐株式会社新人社員向け講演会
高知市教育研究会講演会

篠塚 建次郎 (しのづか けんじろう)


篠塚 建次郎

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団塊世代の代表者として、
今なおダカールの過酷を走り続ける!


ラリードライバー

1967年、大学在学中にラリーデビューし、1970年には三菱のファクトリードライバーとして参戦。 1971、72年と全日本ラリー選手権で2年連続シリーズチャンピオンを獲得するなど国内での実績を残し、1975年には海外ラリーデビューを果たす。翌 年にはサファリラリー(WRC)日本人初の6位入賞を果たし、国際舞台での活躍が期待されていたのだが、1977年排ガス規制によりラリー活動を中止せざるを得なくなる。

その後8年間ドライバーとして、全くハンドルを握らない歳月が流れたが、1986年に俳優の夏木陽介と共に出場したパリ・ダカール・ラリーをきっかけに、 以後世界ラリー選手権(WRC)やパリ・ダカール・ラリーなどに参戦し、1991年・1992年とアイボリーコーストラリー(WRC)において日本人初の 総合優勝、そして、1997年パリ~ダカールラリーにおいて、日本人初の総合優勝を成し遂げる。2002年のダカール・ラリー総合3位を最後に三菱自動車 を退社。2003~05年にかけて日産チームからダカール・ラリーに参戦したが、途中リタイヤとなる。

2006年のダカール・ラリーを最後にトップを競う競争の世界ではなく、生涯現役ラリードライバーとして走れる限り、走り続ける道を選択。今後は全国各地での講演会活動やモータースポーツの普及活動を展開していく。


■PROFILE
生年月日:1948年11月20日
出身地:東京都大田区
出身校:東海大学工学部
公式HP:http://www.shinoken.net

■主な戦歴
1967年 ラリーデビュー
1971年 全日本ラリー選手権 シリーズチャンピオン獲得
1972年 全日本ラリー選手権 シリーズチャンピオン獲得
1975年 サザンクロスラリー 海外ラリーデビュー
1976年 サファリラリー 総合6位(日本人初)
1986年 パリ~ダカールラリー(初参戦) 総合46位
1987年 パリ~ダカールラリー 総合3位
ヒマラヤンラリー 総合優勝
1988年 パリ~ダカールラリー 総合2位
ヒマラヤンラリー 総合優勝
アジアン・パシフィックラリー選手権 シリーズチャンピオン獲得
1989年 パリ~ダカールラリー 総合6位
インドネシアラリー 総合2位
マレーシアラリー 総合3位
1990年 パリ~ダカールラリー 総合5位
アトラスラリー 総合3位
インドネシアラリー 総合優勝
オーストラリアンサファリ 総合優勝
タイラリー 総合優勝
1991年 パリ~ダカールラリー リタイア(クルマ9回転転倒)
インドネシアラリー 総合2位
アイボリーコーストラリー(WRC) 総合優勝
1992年 パリケープタウンラリー(パリダカ) 総合3位
アイボリーコーストラリー(WRC) 総合優勝
パリ~北京ラリー 総合4位
1993年 パリ~ダカールラリー 総合5位
インドネシアラリー 総合2位
マレーシアラリー 総合3位
1994年 パリ~ダカールラリー~パリラリー チーム抗議撤退
サファリラリー(WRC) 総合2位
インドネシアラリー 総合3位
香港~北京 総合4位
スペイン・バハ 総合5位
1995年 グラナダ~ダカールラリー 総合3位
サファリラリー 総合2位
インドネシアラリー 総合5位
香港~北京 総合6位
1996年 パリ~ダカールラリー 総合17位
マレーシアラリー 総合3位
香港~北京 総合3位
1997年 ダカール~アガデス~ダカール 総合優勝
1998年 パリ~ダカールラリー 総合2位
イタリアン・バハ 総合2位
チュニジアラリー 総合2位
アトラスラリー 総合2位
ポルトガル・バハ 総合11位
1999年 グラナダ~ダカールラリー 総合4位
イタリアン・バハ 総合優勝
チュニジアラリー 総合2位
2000年 パリ~カイロラリー リタイア(クラッシュ)
ポーラスパンパスラリー 総合優勝
UAEデザートチャレンジ 総合3位
2001年 パリ~ダカールラリー 総合33位
2002年 アラス~ダカールラリー 総合3位
イタリアン・バハ 総合3位
2003年 ダカール2003 リタイア(クラッシュ)
2004年 ダカール2004 リタイア(クルマ炎上)
2005年 ダカール2005 リタイア(クルマ転倒)
2006年 ダカール2006 リタイア(クルマトラブル)
2007年 ダカール2007 完走(総合59位)

■主な受賞暦
1997年 ベストファーザー賞(イエローリボン賞)
(主催:日本メンズファッション協会 他)

■講演会 演題例
■企業向けに
  ・可能性がある限り、逃げない、投げない、諦めない
  ・逆境をどう勝利につなげるか

■子供・学生向けに
  ・僕は砂漠で夢をつかんだ
  ・好きなこと、やりたいことをひとつ見つけよう
  ・夢と生活を両立させるには

■アスリートとして
  ・こだわり続ける生き方
  ・会社員とラリードライバーという2足のわらじをこなすには
  ・継続は力なり

沢松 奈生子 (さわまつ なおこ)


沢松 奈生子

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テニスの名家に生まれ育ち、
現役引退後も、多くの部分でテニスに触れながら活躍。


テニス解説者

曽祖父からのテニス一家に生まれる。祖父は名コーチ、父母ともにウィンブルドン出場、叔母(和子)は1975年ウィンブルドン女子ダブルスに優勝。
5歳のとき、父親の転勤に伴い、ドイツへ。本格的にテニスをはじめ、現地の州ジュニア大会で優勝し、11歳で帰国後は、国内の主なジュニアタイトルを制覇。

夙川学院高1年のとき、全日本テニス選手権初出場初優勝の快挙を成し遂げて、一躍脚光を浴びる。その後、国体少年女子優勝、インターハイ2年連続団体優勝、北京のアジア大会でも団体金メダルを獲得する。 神戸松蔭女子学院大に進学と同時にプロ転向。四大大会本戦に9年連続(34大会)連続ストレートイン、1992年のウィンブルドンはベスト16の成績を残す。1995年の全豪オープンでは、阪神淡路大震災で、自宅が被災、全壊する中で、ベスト8入りを果たした。

1998年に現役を引退して以降、テレビのテニス解説などで活躍中。 現在は、ラジオのパーソナリティー・スポーツ紙のコラム連載をはじめ、全国を講演やテニスクリニックで回る日々を送る。


■PROFILE
生年月日:1973年3月23日
出身地:兵庫県西宮市
出身校:夙川学院高等学校、神戸松蔭女子学院大学卒業
身長:166cm
血液型:O型
趣味:スキー、ゴルフ、ドライブ

■主な戦歴
全日本ジュニア 12歳以下・14歳以下・18歳以下・21歳以下 優勝
インターハイ 団体優勝 シングルス優勝
全日本選手権 優勝 
フェドカップ日本代表(1988.90―91.93-98年)
全豪オープン ベスト8(1995年)
ウィンブルドン ベスト16(1992.1994年)
全仏オープン ベスト16(1991)
北京アジア大会 団体金メダル(1990)
広島アジア大会 団体金メダル シングルス銀メダル(1994)
バルセロナオリンピック 出場(1992)
アトランタオリンピック 出場(1996)
その他ツアータイトル 4タイトル
自己最高ランキング 世界14位 日本1位

■現職
神戸松蔭女子学院大学講師
日本オリンピック委員会事業広報委員
日本テニス協会強化委員
のじぎく兵庫国体スーパーアドバイザー
兵庫県国体局式典専門委員
ひょうご人権大使
神戸市スポーツ振興審議会委員
神戸市新たなビジョン懇話会委員
神戸市健康を楽しむ町づくり懇話会委員
スポーツ・コミュニティー・アンド・インテリジェンス(SCIX)理事
立教大学非常勤講師
いちご会幹事
(※2004年4月現在)

佐野 正幸 (さの まさゆき)


佐野 正幸

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野球が好きで好きでたまらない!
球場から、往年の名選手から、その歴史を語ります。


スポーツ作家

札幌の中学時代にとある野球ゲームによって、札幌では珍しい阪急ファンになる。当時の阪急監督の西本幸雄氏に ファンレターを出したことから返事を頂き懇意に。71年、大学進学のため上京すると、東を中心に各地に阪急の応援に駆け回る。西本氏の74年の近鉄移籍とともに、近鉄を応援するようになり、西本氏引退の後は、在職していた会社において近鉄応援団長として活動。
98年文筆活動に専念のため退社。近鉄フリークの作家として、著書やコラムを発表していたが、04年近鉄消滅と共に、愛情をパ・リーグに移す。視点は常に自身の経験に基づく『スタンド』にあり、他の評論家や作家とは一味違った独自の見方をもっている。『ファン』目線のユーモラスなキャラクターをいかして、各地の講演会など幅広く活動している。


■PROFILE
生年月日:1952年5月22日生
出身地:北海道札幌市
身長:178cm
体重:95kg
血液型:O型
出身校:札幌光星高等学校→神奈川大学
座右の銘:「どんな時でも希望と笑いを忘れない」

■著書
 =近鉄無念の三部作=
・1988年「10・19」の真実 (新風舎) ※光文社・知恵の森文庫から文庫本として再販
・嗚呼!G戦上のバリア (新風舎)
・もうひとつの「江夏の21球」(新風舎)

・遥かなる猛牛戦士の伝説「栄光の敗者たち」(長崎出版) 2007年新刊
・札幌人よ!日本ハム移転で大きく変われ!(日刊スポーツ出版社)
・近鉄消滅・新生パ・リーグ誕生(長崎出版)
・野球小説集「ねじれた白球」(星雲社)
・野球狂の応援歌(新風舎)
・昭和プロ野球秘史『あの頃こんな球場があった』(草思社)

■メディア出演歴
●ラジオ
「ライオンズナイターデラックス」「吉田照美のやる気まんまん」(文化放送)
「やまちゃん、なおちゃんのワイド」(北海道放送)

●新聞・雑誌
「がんばれ!ファイターズ」(北海道新聞)
「アマチュア野球」佐野正幸のアマチュア野球に乾杯!(日刊スポーツ出版社)

■主な講演テーマ
・「プロ野球選手という特殊な人たち」
・「野球が好きなら、ボケはこない」
・「プロ野球選手に学ぶ、人生の真実」
・「地域密着とメジャー流出からみるプロ野球の将来」
・「プロ野球の中の『昭和』を顧みる」
・「奇蹟の軍団・『近鉄』の軌跡」
など

阪本 章史 (さかもと あきふみ)


阪本 章史

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阪本 章史


アジア出身者で初めてBMXレース世界トップリーグ、
米国ABA AAPRO(ダブルエープロ)にシリーズ参戦!


現役プロBMXレーサー
現役AAPROライダー(日本人唯一)/日本代表強化選手/3X全日本チャンピオン
北京五輪BMX日本代表として出場!

2006年に世界中のBMXレース界においてのトップリーグである米国ABA AAPROへ昇格というアジア選手では初めての快挙、2008年北京オリンピックBMX男子に日本人として初出場を成し遂げ、名実ともに日本BMXレース界の先駆者的存在。2012年ロンドン五輪でメダル獲得に向けて未知の領域へチャンレンジしている。 またBMXレーサーとしての発展だけではなく、将来の日本BMXレース界のためにエコキッズスポーツBMXレーシングスクールを意欲的に開催したり、オリンピックを機に急増しているBMXコースの建設アドバイザー、メディアを通じたBMX界の認知向上、そして増加しているサイクルイベントでのトークショーやBMX体験会など人とのふれあいやファン感謝サービスを大会スケジュールの合間を縫って行っている。


■PROFILE
生年月日:1982年2月25日生
出身地:大阪府 堺市
身長:166cm
体重:66kg
主な趣味:ラジコン・釣り・ブログ
加盟:日本オリンピアンズ協会会員

■経歴
1991年 9歳でBMXを始める
1993年 11歳クラス全日本選手権優勝
1994年 日本代表に選ばれ世界選手権に出場
1995年 13歳クラス全日本選手権優勝
1996年 当時国内トップだったTOYOフレームチームよりオファーを受けチーム加入
2000年 国内最高峰スーパークラス全日本選手権優勝
日本代表に選出され世界選手権出場
2001年 ジャパンシリーズ第1戦 西日本選手権優勝 JBMXFジャパンシリーズ3位
2002年 JBMXFジャパンシリーズ3位
米国APROクラスでSpring nationalsに出場し6位入賞
2003年 単身渡米し3ヶ月間 米国ABAレースに参戦
アメリカのレースにて、決勝進出を果たす
ジャパンシリーズ1,2,4,5戦で優勝 JBMXFシリーズチャンピオン獲得
2004年 中越リースキンカップでPROクラス・オープンクラスの両クラス共に優勝(2年連続)
MTB4Xのレースにも出場 同カテゴリーで初優勝(JBMXFシリーズ不参加)
2005年 GROOVY CUP優勝 レーサーオブレース優勝
米国に活動拠点を移しABAレースに参戦 ABAワールドカップで6位入賞
UCI環太平洋選手権日本人唯一のファイナリスト
2006年 ABA US Nationals優勝(日本人初)
日本人(アジア人)初のAAPRO(BMXレース世界トップリーグ)参戦レーサーとして昇格
2007年 UCI環太平洋選手権で決勝戦レース進出、6位入賞(日本人最高位)
2008年 全日本BMX選手権大会エリートクラス優勝
UCI世界選手権大会日本代表メンバー
北京五輪BMX男子出場(日本人初で唯一)
2009年 UCI国際BMX選手権大会優勝
2009年UCI世界選手権大会日本代表メンバー
2009年UCIアジアBMX選手権大会 銀メダル
米国を活動拠点とし国内・海外のレースに参戦し、2012ロンドン五輪でメダル獲得を目指す。

坂井 利彰 (さかい としあき)


坂井 利彰

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ことさら熱い魂を持ったテニスプレーヤーであり、
後進選手のツアーコーチとしての実績も持つ。


プロテニスプレーヤー

ジュニア時代から日本代表に選出され、慶應義塾大学在学中に全日本学生優勝を始めとして数々の学生タイトルを獲得。卒業後はテニスから離れて5年間の会社 員生活を送るが、2000年にプロ転向。精力的に世界ツアーを転戦。2006年に慶応義塾大学テニス部監督に就任し、現在はプロテニス選手として活動の傍 ら、後進の指導にあたっている。ユニバーシアード日本代表男子コーチ、プロの添田豪選手のツアーコーチも務めている。


■PROFILE
生年月日:1974年(昭和49年)4月9日
出身地:東京都
出身校:慶應義塾大学
血液型:A型
サイズ:身長 176cm/体重 75kg
利き腕:左利き
好きな言葉:Never Too Late

■主な戦歴
●国際大会
995年 ジャパンオープン:シングルスダブルス出場
1996年 ジャパンサテライト熊本:シングルス準優勝
2003年 全豪オープン予選出場
2004年 パキスタンサテライト1週目:シングルス準優勝ダブルス優勝
2004年 パキスタンサテライト2週目:シングルス優勝ダブルス優勝

●国内大会
1995年 全日本学生スーパーリーグ:シングルス優勝
1995年 全日本学生室内選手権:シングルス優勝
1996年 全日本学生選手権:シングルス優勝
(96’全日本アマチュアランキング:シングルス1位)
2001年 全日本選手権大会 単ベスト8
2005年 全日本選手権大会 複ベスト4

●代表歴
1990年 全日本ジュニア(UNDER16)日本代表
1992年 全日本ジュニア(UNDER18)日本代表
1992年 全国高校選抜日本代表
1995年 ユニバーシアード福岡大会日本代表
1993~97年 ナショナルチームメンバー

●ランキング
世界ランキング465位(自己最高)
日本ランキング8位(自己最高)

■主なメディア活動暦
●雑誌
テニスクラシック(連載)
朝日新聞
Tarzan
Sportiva
テニスジャーナル
スマッシュ
テニスマガジン

小室 正則 (こむろ まさのり)


小室 正則

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サーフィン界ではレジェンドと呼ばれ慕われる存在。
いつまでも現役の波乗りとして、輝き続ける!


スポーツサーファー・シェイパー

17 歳でサーフィンと出会い、19歳で全日本サーフィン選手権大会優勝。以後、数々の輝かしい戦歴を残す。同時に、早い時代からハワイを始めとした海外へ積極的に足を運び、ジェリー・ロペスなどの世界的なレジェンドとも親交を深めた。また、1991年のJPSAロングボードサーキット発足に尽力した一人であり、同サーキットでは、11年間に渡り、トップシードをキープし続けている。「マーボー」or「マー」の愛称で親しまれ、現在、「マーボーロイヤルハワイ」代表。地元、湘南工科大学ではシーズンスポーツを取り入れた初の試みとしてサーフィン講義の講師を勤め、幅広い活動を行っている。


■PROFILE
生年月日:1948年8月8日 出身地:神奈川県藤沢市辻堂出身、在住。

■タイトル
1965年 17歳でサーフィンを始める。
1967年 全日本サーフィンジュニア選手権大会 優勝2回
1971年 マーボーショップを開業
1982年 サーフィンの神様「ジェリーロペス」と出会い、稲妻マーク「ライトニングボルトブランド」を日本に導入。
1982年 ハワイで日米親善サーフィン大会を主催、以後、同大会を 「マーボーロイヤルサーフィン大会」と命名。現在も継続。この功績により、ハワイ名誉市民賞を受賞。
1992年 日本プロサーフィン連盟(JPSA)発足 ロングボード部門 初代理事長就任
1992年 有限会社マーボーロイヤルを設立し、「マーボーロイヤルハワイ」の名称でサーフブランドの商品展開を開始 
2003年 フィリピン政府観光事業として、アロヨ大統領にサーフィンを教授
2004年 「MABO PINEAPPLE CAFE(マーボーパイナップルカフェ)」をオープン

JPSAロングボード部門 優勝1回 
世界プロサーフィン選手権入賞 5回
JPSA発足以来、16年間16以内をキープ

■主な活動歴
・小室正則が経営するサーフボード・ショップ「マーボロイヤル」のサイト “Mabo Royal”
写真:サーフボード・ショップ「マーボロイヤル」

・「激・Extremer」(1999年発売。発売元:セキノレーシングスポーツ tel.0467-41-4500)

日本のサーフィン界を支えてきた小室正則と小田天兒の50歳を記念したロングボード・ムービー。二人を初め、JPSAプロロングボーダーがハワイ、ニューカレドニア、日本の波を過激にメイクする様を堪能できる。海外選手も多数出演。バックミュージックはアイランドミュージックの大御所カラパナと、日本のエレキの神様寺内タケシ&ブルージーンズが担当しており、同名のCDも発売されている。

■講演テーマ
湘南のサーファーのレジェンドであり、まさに彼の事を“自由人”と呼ぶにふさわしい。
海や波を愛し、命を賭け、58歳の現在もなお現役であり続けるパワーが雑誌、
ビデオ、テレビ、ラジオなどに取り上げられることも多く、サーフィン界の発展に大きく貢献。

(演題)
・「みなぎるパワーの源流」
・「夢いつまでも」
・「癒しの心」
・「波が全てを教えてくれる」
・「こういうオトナもいるんだよ」
・「文化と国際交流」・・・etc

対象は子供向け、青年向け、シニア向けにカスタマイズは可能です。
テーマとしては、「目標達成」、「リーダーシップ」、「文化」、「国際交流」
「人材育成」、「環境」、「教育」、「健康」etc

■スクール事業
プロスクール開講中

畑中 みゆき(はたなか みゆき)


畑中みゆき

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フリースタイルスキー・モーグル/ハーフパイプ、バックカントリースキー、現役選手から、コーチング、メディアや講演などさまざまな活動範囲を持つマルチスキーヤー。
スキーを通して、自然の素晴らしさやスキーの楽しさを多くの人に伝えたい!


スキーヤー

3歳からスキーを始め、6歳でスキーを一度辞める。中学時代はバスケットボール・高校では、ハンドボール部で主将を勤めインターハイ・国体出場。大学へは、ハンドボールで東北福祉大学に推薦入学。19歳の冬にモーグルと出会いスキーを再開、単身でスイスへスキー留学。4年後には、念願のナショナルチーム入り。ワールドカップ最高順位4位2002年冬季オリンピック(ソルトレイク)に出場2度目の2006年冬季オリンピック(トリノ)を最後に10年間のモーグルに終止符を打ち、ハーフパイプスキーを始める。ハーフパイプの国際大会では、日本人女子初となる優勝ならびに表彰台を飾る。

最近では、経験を生かしモーグルレッスンやハーフパイプキャンプなども手掛け幅広い年齢層から受けている。
各地の小学校にてオリンピックの経験を子供たちに伝える、夢大使講演会も行ったり、宮城県塩釜市の「ふるさと大使」を務める。
都庁前で行われた「TOKYO SNOW STYLY」でのデモ滑走・モーグル解説。
現在コミュニティーのラジオは2局掛け持つ。
昨年からお笑いに挑戦中、「M1」予選に出場するも、あえなく1回戦敗退…
シーズンオフには、ピラティスのインストラクターも勤める。


■PROFILE
畑中みゆき 生年月日:1975年12月18日
血液型:O型
出身地:宮城県塩竃市
身長:155cm
体重:53kg
趣味:○○○○
オフィシャルウェブサイト:畑中みゆき Ski School
オフィシャルブログ:みゆきの空

■現役アスリート活動
2010年8月中旬 ニュージーランド NZ Free SKI OPEN
2010年12月 アメリカ DewTour
2011年1月 アメリカ DewTour
2011年2月 アメリカ FIS世界選手権

■オフシーズン活動
2010年5月~11月 カムイみさか室内スキー場にてハーフパイプレッスン
月1回 キッズフリーレッスン
2010年6月~9月 S-Airにてウォータージャンプレッスン
2010年5月~10月 水戸アスパイヤスポーツクラブにてコブレッスン

■主なテレビ出演・講演
フジテレビ 「ジャンクスポーツ」
日本テレビ 「ぶらり途中下車の旅」
BSフジ 「TV☆Lab」
長野朝日放送 「NFO」
東京都庁前 「TOKYO SNOW STYLE」
各地小学校 「夢大使講演」
宮城県塩竃市 「ふるさと大使」
など・・・

■08-09シーズン 主な活動
2008年1月~ 携帯サイト「POPSNOW」にてコラム毎月掲載
2008年4月~12月 月刊スキージャーナル「スキーヤーの為のピラティス」9ヵ月連続掲載
2008年6月~10月 山梨県カムイ御坂室内スキー場にてハーフパイプキャンプを定期開催
2008年9月~10月 埼玉県西武遊園S-Airにてウォータージャンプレッスン定期開催
2008年10月 茨城県水戸市アスパイヤスポーツクラブ人工スキー場にてコブレッスン
2009年3月 福島・群馬県各地スキー場にてミッフィーキッズキャンプ開催
長野県白樺湖ロイヤルヒルスキー場にてハーフパイプキャンプ開催
2009年3月~4月 群馬県川場スキー場にてコブ・スペシャルレッスン開催

■主な大会成績(モーグル)
1999年 全日本選手権 優勝
2000年 全日本選手権 優勝
2001年 世界選手権カナダ 3位
2002年 全日本選手権 優勝
2004年 全日本選手権 2位
2005年 全日本選手権 2位

■主な大会成績(ハーフパイプ)
2008年 ニッポンフリースキーイングオープン 2位
ノースアメリカンカップ 2位
NZ FREE SKI OPEN 優勝
2009年 FIS ワールドカップ 2位

今泉 清(いまいずみ きよし)


今泉清

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元ラグビー日本代表・元サントリーフーズラグビーコーチ
キャリパーコーチングカレッジ契約コーチ

one for all all for one
が会社を変える社会を変える

誰もがリーダーシップを発揮して、世界を変えられる!
ラグビーの指導者としての経験を活かし、リーダーシップ力の育成、向上を個々の能力を引き出すコーチングスキルの指導・育成、そして上司と部下の関係を良くするコミュニケーションスキルの育成など、幅広い経験と事例を挙げて講義を実施いたします。


■PROFILE
生年月日:1967年9月13日
血液型:AB型
出身地:大分県大分市
出身校:大分県立大分舞鶴高等学校→早稲田大学
身長:183cm
体重:96kg

趣味:読書、映画鑑賞、サッカー

■主な経歴
1993年 サントリー株式会社入社
2001年4月 サントリーフーズ・ラグビー部監督就任 早稲田大学ラグビー・コーチ就任
2005年4月 早稲田大学大学院公共経営研究科入学
2006年4月 早稲田大学ラグビー部コーチを学生日本一にして、勇退!早大ラグビー部コーチの5年間で、チームを学生日本一3回、準優勝2回に導く
2007年3月 早稲田大学大学院公共経営研究科卒業 公共経営修士を取得
2009年3月 サントリーフーズ・ラグビーコーチを辞任
2009年7月 キャリパー コーチング カレッジ株式会社の契約コーチに着任

■研修・セミナーサービスラインナップ 講演の主題
コーチングのABC (Hop/Step/Jump)三段階 ☆勝てる組織が持っているもの
上司と部下の円滑なコミュニケーション ☆「ありたき姿」を描く
潜在能力を引き出すマネジメント ☆目的と手段のための不易流行
チーム・ビルディング ☆ラグビーが「人」を作る
スポーツチームの監督・コーチ用のコーチング ☆聴き上手が部下のやる気を引き出す
先を明るく見る力(中・高校生向け研修) ☆うまく作れる共同労働組織
「共創の場」を作り出すマネジメント(企業向け) ☆15一会の精神
「共生・共有の場」を作り出すマネジメント(教育現場・自治体向け)

■講演実績
【講演実績】
・広島県三次市市役所婦人部
・財団法人地域活性化センター
・大分銀行
・十八銀行(長崎県)
・経済産業省東北経済産業局
・山梨県教育委員会
・山形県最上郡金山町教育委員会
・損保ジャパンひまわり生命
・株式会社サンテック

【セミナー実績】
・広島県三次市 吉舎(キサ)中学校にて「目標設定」
・トークセミナー「夢の力」

【コーチング実績】
・「なるには」コーチングを多数の会社で実施
・京セラコミュニケーションズ(4月より)
・株式会社アーバンコミュニケーションズ講師就任(4月より)

宮原 美佐子(みやはら みさこ)


宮原美佐子

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ランニングアドバイザー


スポーツ&健康な体づくり」と「教育&福祉」を
がっちりつなぐ架け橋になりたい。 これからの日本をもっともっと元気にするために!

旭化成(株)OL時代に社内のジョギング大会に参加した時、陸上部監督にスカウトされマラソン界へはいる。
1988年1月大阪国際女子マラソンで、日本人女性で初めて2時間30分の壁を破る2時間29分37秒の国内最高記録をマークし、ソウルオリンピック日本代表の座を獲得。現役引退後はランニングアドバイザーとして、ランニング指導、講演、対談、マラソンや駅伝の解説等の幅広い活動を開始。文科省・日本体育協会 ふれあい指導事業の講師として、教育関係の分野でも日本全国を駆け巡って奮闘中。スポーツを通しての社会貢献を念頭に「走ることの楽しさ、スポーツのすばらしさ」を多くの人に伝えている。


■PROFILE
生年月日:1962年5月29日
出身地:埼玉県川口市
出身校:川口市立川口高等学校

■主な戦績

【現役中】

昭和57年 東京国際女子マラソン デビュー
昭和61年 日本選手権10,000m 優勝
ソウルアジア大会 女子マラソン 銀メダル
昭和62年 '87大阪国際女子マラソン 3位(日本歴代3位)
'87ロンドンマラソン 6位(日本人初)
昭和63年 '88大阪国際女子マラソン 2位(日本最高記録)
'88ソウルオリンピック女子マラソン 出場
平成元年 '89ミラノワールドカップ女子マラソン 銀メダル(日本人初)
'89東京国際女子マラソン 引退

【引退後】

平成2年 ハワイホノルルマラソン 2位
平成5年 ゴールドコーストマラソン 3位
平成9年 フィジー国際マラソン 優勝
平成18年 川口マラソン10キロ 優勝

■主な解説出演番組
アトランタオリンピック、バルセロナオリンピック、アテネオリンピック、名古屋国際女子マラソン、横浜国際女子駅伝、大阪国際女子マラソン、スーパーレディース駅伝、東京国際女子マラソン、源平駅伝(香川県)

■講演会
・「私の駆け抜けたマラソン道」
・「スポーツを生きる力に」

■実績

講演会実績

(株)イムラ封筒 講演会
(株)ラブリークィーン 講演会
(株)土屋製作所講演会
(株)三和総合研究所新入社員講演会
旭化成ホームズ(株)「営業リーダー会議」講演
旭化成建材(株)「東北地区へーベルオーナー会」講演
大黒工業(株)講演会
伊藤忠建材(株)講演会
三友(株)講演会
北海道旭化成建材(株)オーナー会講演会
長野油機(株)講演会
山甚物産(株)講演会
丸紅(株)長岡支店講演会
全国地方銀行協会「上級リーダー養成講座講演会」
大東京信用組合従業員組合講演会
すかいらーく労働組合労連リーダー講演会
明治製菓 健康と食品懇話会講演会
北里研究所 東洋医学健康フォーラム
静岡県島田市茶生産者大会講演会
伊藤忠食品(株)講演会
オッペン化粧品講演会
岩手県住田町振興大会講演会
栃木県茂木町文化講演会
静岡県大井川町スポーツ講演会
新潟市体育協会「女性のためのスポーツ講演会」
浦和市体育協会創立50周年講演会
高知県窪川町夏季大学講演会
北海道警察本部「教養セミナー」講演会
厚木商工会議所新入社員講演会
埼玉労働基準協会連合会講演会
東北大学整形外科学会講演会
福島県須賀川市立第三中学校 講演会
武蔵野市立第四小学校 講演会
行田女子高校 講演会
川口市立芝小学校 講演会
川口市立元郷南小学校 マラソン教室
川口市立青木北小学校 マラソン教室
川口市立北中学校 講演会
川口市立川口高等学校 講演会
埼玉県立岩槻高校 講演会
茨城県鉾田第一高等学校 講演会
浜松日体高等学校講演会 講演会
山梨学院大学創立記念シンポジューム


スポーツイベント出演実績

(北海道) 十勝健康マラソン大会
礼文島最北フラワーマラソン
(青森) よこはま菜の花マラソン大会
(岩手) 岩手北上マラソン大会
(秋田) 山田記念ロードレース大会
(山形) 温海さくらマラソン大会
(福島) 奥川健康マラソン大会
郡山シティーマラソン大会
ゴーマン杯ふるさと健康マラソン大会
円谷幸吉メモリアルマラソン大会
(茨城) 霞ヶ浦マラソン大会
(栃木) 茂木サーキットマラソン大会
日光杉並木マラソン
龍王マラソン
(群馬) 古城梅の里マラソン大会
藤原湖一周マラソン大会
(埼玉) 上尾シティーマラソン大会
川口マラソン大会
吉川なまずの里マラソン
小川町和紙マラソン大会
熊谷さくらマラソン大会
人形の里いわつきマラソン大会
(千葉) 手賀沼マラソン大会
(神奈川) 横浜マラソン大会
(東京) 神宮外苑ふれあいマラソン大会
(富山) 魚津しんきろうマラソン大会
(岐阜) 大正村マラソン大会
長良川鵜飼マラソン大会
(石川) 小松市健勝マラソン大会
(福井) みくにあじさいマラソン大会
まるおか古城マラソン大会
(山梨) いちのみや桃の里マラソン大会
白根桃源郷マラソン大会
(長野) 三郷アップルマラソン大会
(岐阜) 岐阜長良川マラソン大会
日本大正村クロスカントリー
ひだ金山清流マラソン大会
ぎふ鵜飼マラソン・ウォーキング大会
(静岡) 森町ロードレース大会
富士裾野高原マラソン
袋井クラウンメロンマラソン
(愛知) 大府シティーマラソン大会
(三重) 茶倉マラソン大会
鈴鹿サーキットマラソン
(滋賀) 琵琶湖ジョギングマラソン大会
(徳島) とくしま駅伝大会
(福岡) スポーツフェスタ・ふくおか スポーツ教室
(宮崎) 青島太平洋マラソン大会
(佐賀) 伊万里夕やけマラソン大会
(長崎) おおむらロードレース記念大会
(鹿児島県) 甑大名神マラソン大会
指宿菜の花マラソン
(沖縄) 沖縄県ランナーズクラブ ジョギング教室

渡辺 啓太(わたなべ けいた)


渡辺啓太

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プロバレーボールアナリスト


スポーツは今や情報戦略なしには語れない!
日本バレーボール界のパイオニア的存在。
映像とリンクしたデータを駆使し、チームを勝利に導く、
情報戦略マネジメントのエキスパートです!

中学・高校時代よりバレーボール部に所属。「ITをスポーツに活用すること」を志し、専修大学ネットワーク情報学部に入学。体育会バレーボール部に入部し、独学でアナリスト活動を開始。
在学期間中にV・プレミアリーグでアナリストを努める傍ら、韓国のバレーボールチーム・三星火災から招聘されアナリスト育成、指導にあたるなど精力的に活動の場を広げた。大学3年時に柳本晶一監督(当時)の目にとまり全日本女子ナショナルチームのアナリストに抜擢。以後、世界中を舞台に、数多くのトップレベルの試合を見続けている。卒業後(2006年)は日本バレーボール界初のナショナルチーム専属アナリストとして(財)日本バレーボール協会に所属。2008年には全日本女子チームアナリスト(日本選手団最年少役員)として北京五輪を経験。
2010年1月よりイタリア・セリエA1のNOVARAにデータバレー留学。また、自らの活動のみならずアナリスト育成のセミナーを開催する等、後進育成にも力を入れており、日本のバレーボール界の情報戦略の中核を担う存在として今後の活躍が期待される。
(財)日本バレーボール協会女子強化委員会主事、男子強化委員会テクニカル委員、(財)日本オリンピック委員会専任情報・科学スタッフ。


■PROFILE
生年月日:1983年9月30日
血液型:O型
出身地:東京都世田谷区
出身校:浅野高校、専修大学
身長:170cm
体重:69kg

■主な戦績(バレーボールチームにおける情報戦略活動)
平成16年度 2004アテネオリンピック世界最終予選 1位
第11回Vリーグ男子大会 準優勝
平成17年度 第54回天皇杯・皇后杯黒鷲旗全日本バレーボール選手権男子大会 準優勝
アジア選手権 3位
第12回Vリーグ男子大会 3位
平成19年度 第56回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会 優勝
アジア選手権 優勝
平成20年度 2008北京オリンピック世界最終予選 3位
アジア選手権 3位
平成22年度 第16回バレーボール世界選手権女子大会 3位
32年ぶりのメダル獲得
平成23年度 2011バレーボールワールドカップ女子大会 4位

■活動内容
【TV】
・フジテレビ「全日本バレーボール高等学校選手権大会 春の高校バレー」解説
・フジテレビ「ボクらの選択」
・その他(スポーツ番組 / 情報番組)

【新聞・雑誌】
・日本経済新聞、朝日新聞、産経新聞、報知新聞、東京新聞
・Number、AERA、日経パソコン、論スポ、がんばれ!バレーボール部、月刊トレーニングジャーナル、MacFan、月刊バレーボール

■講演会 近年の実績
・JOCナショナルコーチアカデミー 講師
・アナウンサー研修会 講師
・仙台大学スポーツ情報マスメディア学科講演会
 「アナリストの分析活動と情報活用」
・専修大学ネットワーク情報学部「情報と社会」講義
 「ITを活用したスポーツ情報戦略」
・世田谷区立松沢小学校 特別講義
 「情報を味方につけよう」/「夢」

小西 裕之 (こにし ひろゆき)


小西裕之

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あん馬の技「コニシ」を発表し、日本のエースとして1988年ソウルオリンピックの銅メダル獲得を牽引した


元体操選手/仙台大学准教授、解説者

天才的な素質とセンスで日本のエースに上るが、数々の不運なアクシデントにも見舞われた選手である。
大学入学前の練習でアキレス腱切断。1984年ロサンゼルスオリンピック代表になるも壮行演技会で再度アキレス腱を切断。ゆかフロアーを強く叩きつけた姿をは衝撃的であった。
それでも不屈に努力で、日本のエースとして体操日本を引っぱっていき、1988年ソウルオリンピック銅メダルを獲得。
あん馬の「コニシ」を発表し、過去苦手意識の強かった日本のあん馬のイメージを払拭した。
現在も指導者として、また、日本の解説者として活躍中である。


■PROFILE
生年月日 1963年 8月14日
出身地 東京

相工大付高校、相模クラブ、日本体育大学、紀陽銀行、仙台大学

■主な経歴
【選手歴】
1985年 モントリオール 世界選手権:団体4位/あん馬3位/鉄棒5位
1986年 北京 ワールドカップ:個人総合10位
ソウル アジア競技大会:団体総合3位/個人総合4位/あん馬5位/跳馬4位/平行棒5位
1987年 ザグレブ ユニバーシアード:団体総合3位
ロッテルダム 世界選手権:団体総合5位/個人総合32位
1988年 ソウル五輪:団体総合3位

【コーチ歴】
1992年 バルセロナ オリンピック
1994年 ブリスベン 世界選手権
広島 アジア競技大会
1995年 福岡 ユニバーシアード
鯖江 世界選手権

【役員歴】
1991-92 男子体操競技委員会ナショナル強化部員
1993-94 男子体操競技委員会ナショナル強化選任コーチ
1995-96 体操競技委員会男子ナショナル強化副部長
1997-98 体操競技委員会男子強化部員
1999-00 体操競技委員会男子強化副部長
1999-06 宮城県体操協会常任理事(一般・学生)
2001-02 体操競技委員会男子強化部員
2003-04 体操競技委員会男子強化部長
2005-06 北京強化委員会委員

小西裕之氏が生み出した、あん馬技「コニシ」

小谷 実可子 (こたに みかこ)


小谷 実可子

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元シンクロナイズドスイミング日本代表・現教育再生委員が、 スポーツの視点から日本の教育を考えます。
アスリートとして妻として、そして2児の母として語る内容は、教育はもちろん健康、スポーツ、組織マネジメントとあらゆるニーズにお答えします。


スポーツコメンテーター

9歳からシンクロナイズドスイミングを始め、高校1年生で米国へシンクロ留学。1988年ソウル五輪では、ソロ及びデュエットで2つの銅メダルを獲得。夏季オリンピックでは女性として初めて旗手も務めた。1992年に引退後は、日本オリンピック委員会(JOC)広報委員を務めるなど、スポーツの発展に貢献。また1993年より神奈川県大磯でアーティスィックシンクロの指導などを行う。
現役生活を引退後、結婚そして出産。 その間に『ドルフィン・ピープル』を執筆。野生のイルカやクジラとの出会いを通じ、自然や動物に目を向けたレポーター活動を行う。またオリンピック関係の公務やシンクロ普及の傍ら、テレビのスポーツイベント解説者、執筆、スポーツジャーナリストとして幅広く活躍中。小谷実可子プロデュースオリジナルブランド「Kana nia(カナ ニア)」を展開。


■プロフィール
アジアオリンピック評議会アスリート委員会委員長
日本オリンピック委員会(JOC)アスリート委員会委員長
日本オリンピック委員会(JOC)国際専門委員会委員

生年月日:1966年8月30日
出身地:東京都

■主な戦歴
1982年 高校1年生でアメリカ・ノースゲートハイスクールに1年間留学。
カリフォルニア・ウォールナッツクリークの名門シンクロクラブ「アクアナッツ」に在籍、アメリカ・ナショナル・チーム コーチ=ゲール・エメリー氏に師事する
1985年 パンパシフィック大会でデュエット優勝、ソロ2位獲得
1985~88年 全日本選手権のデュエットで4年連続優勝
1987~90年 全日本選手権のデュエットで再び4年連続優勝
1988年 ソウル・オリンピックでソロ・デュエットとも銅メダルを獲得。
この時は日本代表選手団の旗手を努めるとともに、都民栄誉賞、ビッグスポーツ賞、総理大臣銀杯をそれぞれ受賞
1989年 スイス・オープンでソロ優勝。日本大学文理学部を卒業
1990年 ローマシンクロ大会、マジョルカ・オープン大会でソロ優勝

■主なメディア活動歴
●テレビ
テレビ朝日「世界水泳」解説
TBS「世界陸上」コメンテーター
その他多数テレビ・ラジオ番組出演中

●著書
「ドルフィン・ピープル」近代文芸社
「一筆啓上」中日新聞社

■講演会演題例
「私のシンクロ人生」

古賀 稔彦 (こが としひこ)


古賀稔彦

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2003年に町道場「古賀塾」を開塾。
柔道を通して、子供たちに人間育成の肝を教える。


柔道家

1967年佐賀県出身。中学に進学と同時に上京、東京・世田谷の「講道学舎」に入門し、弦巻中学、世田谷学園高時代に数々の全国大会を個人・団体戦で制覇。日本体育大学進学後"平成の三四郎"の異名をとり、87~92年全日本選抜体重別選手権をはじめ、89年・91年の世界選手権を連覇。92年のバルセロナ五輪では、大会直前の大ケガを背負いながらも金メダルを獲得、両手を広げ雄たけびを上げ、日本中の感動を呼んだ。その後`96年アトランタ五輪では銀メダルを獲得。00年4月に現役引退。

現在、社会福祉法人慈雄会所属。その後、人の夢の後押しをする指導者の道に魅せられ、「指導者・古賀稔彦」として全日本女子柔道チーム強化コーチを務めるかたわら、03年4月からは子供の人間育成を目的とした町道場「古賀塾」を開塾。04年のアテネ五輪では、金メダルを獲得した谷本歩実のコーチとしても脚光を浴び、愛弟子を称えた抱擁のシーンは感動を呼んだ。また、各地で講演を積極的に行い、目標を持つ素晴らしさとそれを達成する心のあり方を明快に伝えている。


■PROFILE
生年月日:1967年11月21日
出身地:佐賀県
出身校:世田谷学園高、日本体育大学卒業

■主な経歴
1987~92年 全日本選抜体重別選手権 優勝(71kg級)
1988~92年 全日本体重別講道館杯 優勝(71kg級)
1987年 ドイツ世界選手権 3位(71kg級)
1988年 ソウルオリンピック 三回戦敗退(71kg級)
1989年 ユーゴスラビア世界選手権 優勝(71kg級)
1991年 スペイン世界選手権 優勝(71kg級)
1992年 バルセロナオリンピック 金メダル(71kg級)
1995年 幕張世界選手権 優勝(78kg級)
1996年 アトランタオリンピック 銀メダル(78kg級)

■主な著書
『勝負魂』(ベースボール・マガジン社)
『人は弱さを知り強くなる』(PHP研究所)
『古賀稔彦、世界を獲った男その生き方』(東京学参)
『精神力』(角川文庫)
『Jスポーツシリーズ 柔道』(旺文社)

■講演会、講演例
【人生の教科書】
講演内容:
柔道を通して、夢を持つという素晴らしさ、そしてその夢の実現のために挑戦し、努力をする大切さなど、多くの教訓を学んできました。夢のない人生ほど虚しいものはありません。そんな人生では心は成長していかないのです。夢や目標を持ち、それに向かって真剣に取り組んだからこそ、自分の中にあった秘めた可能性や才能を発揮することができます。

その夢はどのように実現していけばいいのでしょうか? 大切なのはまず決心するということです。そして、自分に自ら目標を与える。そうすることで自主的に目標に挑戦していくことができるのです。

また、普段の生活の中で自らの100%の力を知ることも大切です。自分の100%の力を知ると、101%の自分を見たくなります。そして、その101%に挑戦したときが、本物の自分の力をつける第一歩となるのです。はじめから諦めて80%の力しか出さないようでは、そこから決して何も生まれません。「あきらめからは決して何も生まれない」のです。 「何かを始めれば何かが起きる」のです。

自分の知っている力には限界があります。夢を実現していく過程で幾度となく壁にぶつかることでしょう。しかし、ピンチこそ最大のチャンスなのです。絶対に諦めずに、100%の力を出し切ってそのピンチを切り抜けていくと、待っているのは前よりずっと成長した自分なのです。みなさん、自分の夢に向かって諦めず一生懸命頑張っていきましょう。

●その他テーマ例
「自分で問題解決できる選手を育てる」
「世界を獲った男、その生き方」
「夢、目標にチャレンジ~決心する事の大切さ~」

栗村 修 (くりむら おさむ)


栗村 修

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高校を中退して、フランスへ自転車留学。
夢を追いつづけ、成し遂げている自転車ロードレース界の風雲児のひとり。


宇都宮ブリッツェン 監督/J SPORTS自転車ロードレース解説者

幼少の頃はサッカー選手として地元のユースクラブに所属などしていたが、中学時代から自転車レースに興味を持ち、高校時代にプロのロードレーサーになることを決め、地元のクラブチームでロードレースをはじめる。
高校2年の夏に高校を中退し、修行のため渡欧。1991年に帰国し、日本の実業団チームで活躍後、1998年にポーランドのプロチームMROZで日本人として10人目の欧州プロとなった。
現在は、宇都宮ブリッツェン 監督と、J SPORTS自転車ロードレース解説者の二束のわらじを履き、自転車ロードレースの普及に力を注いでいる


■PROFILE
有限会社マビスポーツ 代表
宇都宮ブリッツェン 監督
Jスポーツ自転車ロードレース解説者
生年月日 1971年12月30日生
出身地 神奈川県横浜市
身長/体重 171cm/63kg
■主な経歴
1987年 地元神奈川のクラブチームでロードレースを始める。
1989年 Union Cycliste Nantaise(フランス)
※高校を中退してフランスへ自転車留学、フランスのジュニアカテゴリーを走った最初の日本人となる
1991年 サーティーワン・ジャイアント
1994年 大塚製薬・ノックス
1996年 シマノレーシング 契約選手第一号として加入する
1998年 MROZ(ポーランド) 日本人としては10人目となる欧州プロチーム契約選手となる
2000年 ミヤタ・スバル
2002年 Team MIYATA 監督就任
2008年 SKIL-SHIMANO スポーツディレクターとして契約
2010年 宇都宮ブリッツェン監督就任
■主な戦歴
1995年 全日本実業団ランキング 3位
1996年 ツールドランカウイ 総合32位(日本代表-アジア人3位)
1997年 全国都道府県対抗ロード 優勝
ツールド北海道 総合11位(日本人2位)
ツールド沖縄 5位(日本人2位)
1998年 UCI世界ランキング 1071位
1999年 全日本実業団選手権個人タイムトライアル 2位
全日本実業団選手権個人ロード 2位
全日本実業団ランキング4位
2000年 ツールド台湾 総合3位(日本代表-アジア人1位)
■講演実績
・J SPORTS 海外ロードレース解説(2000年~)
主な解説実績としてクラシックレース/ジロデイタリア/ツールドフランス/世界選手権ほか年間50レース近くを担当
・テレビ朝日 Get Sports
・CS ママチャリでフィットネス(全10回)
・J-WAVE ツールドフランス特集
・週間少年サンデー「ツール!」監修

その他、朝日新聞(朝刊)やFM東京、サイクル専門誌、イベントや自転車ロードレースのDVD解説者などさまざまなメディアでの活動実績あり

栗城 史多 (くりき のぶかず)


栗城 史多

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目指すは単独での世界7大陸登頂。
挑戦という言葉は、彼のために輝きを放つ。


ソロアルピニスト

大学1年生から登山を始める、北アメリカ大陸最高峰マッキンリーの単独登頂を成功させた後、南アメリカのアコンカグア、ヨーロッパのエルブルース、アフリカのキリマン ジャロを次々登頂。2006年1月には南極の最高峰ビンソンマシフに挑戦するもタイムリミットで断念。その10月にはオセアニア最高峰カルステンツピラ ミットの登頂も成功した。
残す大陸は、アジアのエベレストと南極のビンソンマシフ。単独で世界7大陸登頂成功者はいまだに存在せず、史上初めての快挙を目指す!


■PROFILE
生年月日:1982年6月9日
身長:163cm
体重:60kg
出身地:北海道瀬棚郡今金町字旭町

■経歴
2004年 マッキンリー(6194m)   北米大陸最高峰
アコンカグア(6959m)  南米大陸最高峰
2005年 エルブルース(5642m)  ヨーロッパ大陸最高峰
モンブラン(4810m)    西ヨーロッパ大陸最高峰
キリマンジャロ(5895m) アフリカ大陸最高峰
2006年 カルステンツピラミット(4880m) オセアニア大陸最高峰

■主なメディア活動歴
●新聞
・北海道新聞
・読売新聞
・毎日新聞 北海道版
・朝日新聞 北海道版
・日刊スポーツ 北海道紙面」 他

●テレビ
・「のりゆきのトークDE北海道」 ワイドショーUHB(2006年)
・「D-アンビシャス」 ドキュメンタリー STV(2006年) 他

●ラジオ
・HBCラジオ「カーナビラジオ午後一番!」(2005年) 他

●ウェブサイト
・Livedoor WEBニュース特集(2006年) 他

喜熨斗 勝史 (きのし かつひと)


喜熨斗 勝史

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パーソナルコーチとして“KING カズ”を支えた、日本人フィジカルコーチの草分け的存在 。


サッカーフィジカルコーチ

1964年10月6日、東京都生まれ。1997年にベルマーレ平塚のフィジカルコーチで指導者としてのキャリアを始め、Jリーグ所属のクラブでフィジカルコーチを歴任した。2004年、三浦知良のパーソナルコーチとして契約。2005年以降は横浜FCでコーチを務め、2006年には横浜FCをJ2リーグ優勝に導き、J1昇格を陰で支えた。2007年4月早稲田大学スポーツ科学学術院の研究員、日本体育大学大学院講師、2008年からは名古屋グランパストップチームのフィジカルコーチを務める。
また、(財)生涯学習開発財団公認「ビジネスコーチング」の 資格を持ち、一流企業のビジネスカウンセリングなど、ビジネスの世界でも活躍の場を広げている。サッカー界では稀な存在である。


 ■PROFILE
日本サッカー協会公認A級コーチ(コーチ・フィジカルコーチ)
生年月日:1964年10月6日
出身地:東京都練馬区
出身校:東京大学大学院修了

 ■経歴
1995年6月- ベルマーレ平塚ユース フィジカルコーチ 喜熨斗勝史氏練習風景
1997年-1998年 ベルマーレ平塚 フィジカルコーチ
1999年-2001年 セレッソ大阪 フィジカルコーチ
2002年 浦和レッドダイヤモンズ フィジカルコーチ
2003年 大宮アルディージャ フィジカルコーチ
2004年 尚美学園大学サッカー部 ヘッドコーチ
三浦知良選手(ヴィッセル神戸所属)パーソナルコーチ
2005年 横浜FC コーチ
2006年 横浜FC フィジカルコーチ
2008年- 名古屋グランパス フィジカルコーチ

 ■講演例
喜熨斗勝史氏講演風景【講演テーマ】
モチベーションアップ・夢・チームワーク・ビジネスコーチング

【演題】
「トップアスリートから学ぶモチベーションコントロール」
三浦知良選手、中田英寿氏、山口素弘など数々の一流選手との出会いから、厳しいプロの世界で夢を実現した彼らから学ぶビジネスシーンで生かされる「自分の輝き力」のノウハウについてお話します。

「チームワークをコントロールするコーチング」
コーチは「教えること」だけでなく、相手が持っている力を引き出す術を「気づかせる」
ことも役割である。知識を伝えるだけでなく、気持ちを伝えることでモチベーションを上げる。チームワークを築く上では個々の「気づき」が大切であると伝えます。

「KINGカズなどトップアスリートに学ぶ、真のリーダーシップ」
Jリーグ最年長プレーヤー三浦知良選手の人を引き付ける魅力とは・・・。
人を動かす本当の力とは何か・・。数々の一流プレーヤーがもつ真のリーダーシップについてお話します。

「自己実現力~夢を叶えるために~」
自分の夢や目標をかなえるための力=「自己実現力」を高め、なりたい自分になるには
どすればいいのか。トップアスリートから学ぶ成功とは・・をキーワードにお伝えします。

<その他>
「マイナスをプラスに変える勝負のしかた」・・・自分のエネルギーを効果的に発揮する、逆境変換術
「超一流たちのストーリー」・・・メンタル、フィジカル、インテリジェンスの総合パワーコントロール


【メッセージ】
学生さんへ:
~NEVER GIVE UP!~
 ・やれるところまでやる。投げ出さないで最後までやりぬくことが大切
 ・「どうして?」と疑問に思った時は一番成長できる時
 ・何を得たかより、どのように取り組んだのかが大切である

すべての方へ:
~強い意志が夢を叶える!~
 ・ビジネスマンもサッカー選手と同じく、その道のプロである。
  プロフェッショナルの意識をもち、仕事に望むことが大切。
  そのためにはモチベーション、メンタル、フィジカルの3つのライフパフォーマンスが重要である

木口 宣昭 (きぐち のりあき)


木口宣昭