谷川 真理 (たにがわ まり)


谷川 真理

ご依頼・お問い合せ


テレビでもお馴染みマラソンランナー!
「1億2000万人総ランナー」を夢に走り続ける毎日。


マラソンランナー

1962年福岡県生まれ。アミノバイタル所属。
24歳でマラソンを始め、91年に東京国際女子マラソン、94年にはパリ国際マラソンで優勝。92年に都民文化栄誉賞と朝日スポーツ賞等を受賞。現在はタレントとしても活躍中。
趣味は料理。著書に『マラソン完走ブック』などがある。今も多くのマラソン大会に出場。「市民ランナーの星」と親しみを込めて慕うファンが多い。ライフワークはマラソンの楽しさを多くの人たちに伝えること。たくさんの人が走るためのお手伝いをするため、自らハイテクスポーツ塾を主宰している。夢は『1億 2000万人総ランナー』。


■PROFILE
出身地:福岡県福岡市
座右の銘:忍耐は苦しいけれどもその実は甘い
趣味:クッキング

■主な経歴
1988年 名古屋国際女子マラソン 3時間00分58秒 36位 初マラソン
1989年 大阪国際女子マラソン 2時間49分02秒 22位
ボストンマラソン 2時間46分11秒 14位
東京国際女子マラソン 2時間43分04秒 11位
1990年 名古屋国際女子マラソン 2時間37分30秒 5位
東京国際女子マラソン 2時間34分10秒 3位 日本人1位
1991年 ロンドンマラソン 2時間33分16秒 14位
東京国際女子マラソン 2時間31分27秒 優勝 初優勝
1992年 名古屋国際女子マラソン 2時間31分09秒 2位
ゴールドコーストマラソン 2時間35分38秒 優勝
東京国際女子マラソン 2時間33分57秒 6位
1993年 名古屋国際女子マラソン 2時間34分15秒 14位
東京国際女子マラソン 2時間28分22秒 2位 日本人コースレコード
1994年 パリ国際マラソン 2時間27分55秒 優勝 大会新記録
東京国際女子マラソン 2時間34分31秒 7位
1995年 ボストンマラソン 2時間31分48秒 7位
1996年 名古屋国際女子マラソン 2時間35分36秒 22位
東京国際女子マラソン 2時間40分22秒 12位
ホノルルマラソン 2時間36分20秒 3位
1997年 東京国際女子マラソン 2時間37分45秒 16位
1998年 マウイマラソン 2時間40分00秒 優勝
北海道マラソン 2時間36分15秒 6位
東京国際女子マラソン 2時間35分24秒 特別参加
ホノルルマラソン 2時間39分03秒 4位
1999年 大阪泉州マラソン 2時間40分24秒 優勝
マウイマラソン 2時間46分13秒 優勝
北海道マラソン 2時間45分44秒 11位
大阪・淀川市民マラソン 2時間39分30秒 優勝
ホノルルマラソン 2時間41分54秒 4位

※ランニングは24歳、OL時代の昼休みに会社の同僚とお花見に行き、皇居周辺のジョガーを見た翌日から走り始めた。1991年 東京国際女子マラソンで初優勝を果たし、トップランナーの仲間入り。

■主な受賞歴
平成4年 東京都都民文化栄誉賞受賞

■主なメディア活動歴
● 著書
「谷川真理のランニングフィットネス」(学習研究社)
「走って食べてヘルシーライフ!」(PHP研究所)
「マラソン完走ブック」(成美堂出版)

●ビデオ
谷川真理のランニングバイブル

●映画
「チルソクの夏」

●2002年1月、ハイテクスポーツ塾開校

※ランナーだけでなくタレントとしても活躍中

■主な社会貢献活動
・ 1998年2月対人地雷除去作業で片足を失ったランナークリス・ムーン氏の伴走を務める
・ 地雷廃棄工場建設地(比叡山)でクリス・ムーン氏と70kmを走る
・ 谷川真理ハーフマラソン大会開催
   「地雷ではなく花をください」をテーマに、基金400万円を集める
・ 「難民を助ける会」に協力、現地へ毛布を届ける為のチャリティー活動展開中
   難民を助ける会情報  URL: http://www.aarjapan.gr.jp
・ 知的障害者と走る活動を継続中
・ 2002年 社会貢献活動の一環としてパキスタンへ
・ スポーツ振興投票助成審議委員
・ 江戸開府400年記念事業実行委員
・ テレビ放送番組審議委員

■講演テーマ
『夢・・・「1億2千万人総ランナー」 ~多くの人に走る楽しさを伝えたい~』

ジョギングを始めたのは24歳の春だった。
翌年の初マラソンを3時間で走り、それから3年後の東京国際女子マラソンに優勝して、
彼女の名前は世界に知れわたった。

高校時代は無名の中距離選手。25歳で初マラソンを走り、30歳前後に数々の好成績を挙げた。30歳を過ぎてオリンピック候補となった谷川真理は、日本女 子マラソン選手の中では遅咲きと言われる。しかし当人は、「マラソンは心身ともに大人でないと長続きしない」と言う。42キロを走れる体はじっくり作らな くてはならない。マラソンは1つのレースに向けて、少なくても3ヶ月は準備にかかる。だから長い目で自分の競技生活を見つめ、自身をコントロールできる力 が必要なのだ。
「私が長く走ってこれたのは、基本的に季節を感じながら走ることが好きだから・・。それと、個人の生活拠点をもって、自分に合ったペースで競技生活を組み 立てられたことが大きい」と谷川は感じている。 24歳の春、OLの谷川真理は皇居で花見をしながら、傍らを走り抜けていく市民ランナーの姿に魅せられていた。「高校時代、走ることは苦しいだけだった。 なのに、この人達は気持ちよく楽しそうだ。自分も風を切ってさっそうと走ってみたい」と思った。翌日から毎日、会社の昼休みに皇居に走り出た。多くの市民 ランナーがランニングの魅力として挙げる、走りながら季節を感じる喜び、自ら課した目標をクリアしていく楽しさを知った。以来、人生が変わってしまった。

走り始めて4ヵ月後、皇居で練習する市民ランナーの強豪が集まる走友会、北の丸ACに入会。そこで、彼女のその後の人生を大きく変える、現コーチの中島と出会った。

中島から「マラソンはトレーニング次第。人より長く走れば、それだけ走れる体になる。今からでも必ず強くなれる」と言われ、その言葉に触発されて谷川はマ ラソンを走ってみたくなった。それからは毎週土日、北の丸ACのメンバーと一緒に長野県蓼科高原で、連日50キロ走るトレーニングが始まった。当時、実業 団の女子マラソン選手でも、谷川ほど練習で長い距離を走る選手はいなかった。
中島は30歳から走り始めた市民ランナー。「谷川はみんなに育ててもらったんです。僕はまったくの素人だから、彼女のトレーニング方法について、積極的に まわりにアドバイスを求めてきました。特に東京大学の先生方による最先端のスポーツ科学に基づいた指導があったから、市民ランナーでもあそこまでいけた。 僕らはいつも、申し訳ないほど周りに恵まれてきました」。中島はそう語る。

谷川は現在、東京大学の小林寛道教授に協力を頂き、千代田区神田神保町に「ハイテクスポーツ塾」を開校している。谷川も自ら多くの走りの好きなランナーを 指導している。小林教授は、谷川真理の「1億2千万人総ランナー」という思いに共感を持たれ、これまで東京大学と一部のトップ選手にだけ使用してきたト レーニングマシン『カンド君』と『マリノ』を、一般の方にも広く使って欲しいと開放して下さった。谷川自身も、カンド君の1号機が完成したときに最初に使 用した一人だった。
こうして多くの人に支えられ、谷川のいまがある。

■講演会演題例
「忍耐は苦しいけれどもその実は甘い」
「走って、食べて、ヘルシーライフ」