寺廻 太 (てらまわり ふとし)


寺廻 太

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『寺廻バレー』と言われる独自のコート采配はチームを勝利に導く方程式。
効果的な組織マネジメントを展開し目標を達成するプロセスは、ビジネスでも活用でき、企業にとっても学ぶべきものとして評される。


プロバレーボールコーチ
女子バレーVリーグ JTマーヴェラス監督

元全日本男子監督。NECの監督としてVリーグ3回、全日本選手権4回優勝に導き名将としてその名を馳せる。’96年アトランタ五輪後、全日本の復活を期す切り札として抜群の統率力と斬新さが高く評価され、全日本監督に招聘される。シドニー五輪予選最終戦をもって監督を退任し、さらなる指導力向上のため、海外へプロコーチとしての移籍を渇望し、2000年12月韓国プロリーグの強豪チーム 三星火災(サムソン)へプロコーチとして就任。2001年10月から3ヶ月かけ、イタリアセリエA、フランスプロA、両リーグにおいて単身コーチ留学を経験。2002年5月からはチャイニーズ・タイペイ男子ナショナルチームの監督に就任。2005年6月からVリーグ女子「JTマーヴェラス」の監督に就任し、5年ぶりに国内で指揮をとることになった。


■PROFILE
生年月日:1958年1月22日
血液型:O型
出身地:広島県安芸郡坂町
出身校:崇徳学園高等学校卒業
明治大学政経学部政治学科卒業

■バレーボール歴
高校時代 エースプレーヤーとして、春高バレー、高校総体、国体と三冠達成
大学時代 センタープレーヤーとして活躍
1980年 入社と同時に日本電気男子バレーボール部入部
1980年~1896年 日本リーグで(16,18,19回)オールラウンドプレーヤーとして活躍
1987年 コーチ専任
1988年 監督に昇格(NEC)
1996年 11月 全日本男子チーム監督就任
2000年 シドニー五輪予選最終戦をもって監督を退任
2000年12月~
2001年3月
韓国男子バレーボールの三星火災にコーチ就任
2001年 日本電気株式会社 退社
イタリアセリエA・フランスプロA、両リーグにおいて単身コーチ留学
2002年5月 チャイニーズ・タイペイ男子ナショナルチーム監督就任
2005年6月 JTマーヴェラス監督就任

■トピックス
1991年 第25回日本リーグ 初優勝
1992年 第26回日本リーグ 準優勝
黒鷺旗第41回全日本選手権 初優勝
1993年 第27回日本リーグ 優勝
黒鷺旗第42回全日本選手権 優勝
1994年 第1回 Vリーグ 3位
黒鷺旗第43回全日本選手権 優勝
1995年 第2回 Vリーグ 優勝
黒鷺旗第44回全日本選手権 3位
1996年 黒鷺旗第45回全日本選手権 優勝
  〔全日本男子チーム監督時代〕
通算成績:138戦51勝87敗

■主なメディア活動歴
●テレビ
・テレビ新広島「サタスポ情報局」 毎週土曜日
・2003年バレーボールワールドカップ フジテレビCS
・2004年アテネオリンピック世界最終予選 TBS・フジテレビCS

●スポーツクリニック
・寺廻塾 広島市・呉市で2002年から毎年開催
 小学生から家庭婦人までを対象に、バレーボールクリニックを開催。
・ デサントクリニック 全国にて毎年4回程度開催 

■講演会近年の実績
船井総研講演会
日本プラントメント協会講演会

■講演会のテーマ
子供向け
『目標に向けて、課題に向けて努力する事が大事、必ず自分に還ってくる。』
・全日本の監督時代の話
・コーチ留学など自分の努力
・チャイニーズタイペイ男子ナショナルチーム監督就任時のエピソード
・バレーボール教室「寺廻塾」について
・まとめ

父兄向け
『選手とのコミュニケーション方法など選手育成・人材育成』
・全日本の監督時代の話 『言葉に出す』
・復活を期して 『自分に負けない・己に勝つ・本気度』
・バレーボールを通じて感じた事 『正解はない』
・バレーボール教室「寺廻塾」について
・まとめ

一般向け
『選手とのコミュニケーション方法や目標や課題に向けて努力することが大事、必ず自分に還ってくる』
・全日本の監督時代の話 『言葉に出す』
・復活を期して 『自分に負けない・己に勝つ・本気度』
・バレーボールを通じて感じた事 『正解はない』
・まとめ