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2016.6.30

キャスポインタビュー

荻原次晴「頑張れば必ず乗り越えられる!それを伝えていければと思っています」

1998年長野オリンピックで個人6位、団体5位入賞を果たした荻原次晴さん。そこから引退し、スポーツキャスターとして活躍している。そんな荻原さんにキャスター以外での様々な仕事について話を聞いた。

 

「よくいただく仕事は『講演』です。あとはテレビ・ラジオに出演するタレント業、スポーツイベント関連もありますね」

 

-講演が多いとのことですが、どのような話をしていますか。

 

「会社の研修などでは『元気の出る話』『モチベーションアップ』などが多いです。あと、若い人が対象だと『夢』ですね。夢を持って頑張ることの大切さを話すという講演もしています」

 

-キーワードに『元気』『モチベーション』『夢』という言葉がありましたが、具体的な講演の内容はどのようなことでしょうか。

 

「兄である健司が1992年のアルベールビルオリンピックで金メダルに輝いたことで、双子だから間違われ、サインや写真撮影を頼まれました。それを断ると悪口をいわれることもあり、それが悔しくて、自分も絶対にオリンピックに出場してやるんだという気持ちになりました。98年に長野オリンピックに出場でき、『夢』が達成できた。それが自分の基礎としてあります。自身の経験を話し、不安や不満、葛藤、困難に背を向けずにしっかりと向き合い、頑張れば必ず乗り越えられるというようなことが伝わればと思い話をしています」

 

-講演を聞いた参加者の反応は、どのようなものでしょうか。

 

「若い学生のみなさんが『瞬きも忘れて集中して聞いてくれている』姿をみたとき、すごく心を打たれたことがありました。また主婦層の方々は、大きく頷いて話を聞いてくださる。時には笑って、みなさんがムードを作ってくれる。色々なことは考えずに、とにかく自分の体験や経験したことを素直に話ができればと考えています」

 

-様々な経験をしてきた次晴さん。一番伝えたいことは

 

「私は、兄の健司と違いオリンピックのメダリストではないんです。どちらかというと長い競技人生、苦しいことのほうが多かった。苦しみながらもオリンピックの夢というか。出場ができて、スポーツキャスターになれたからこそ『頑張ることの大切さ』を伝えたいですね」

 

現役引退後、次に何をするか迷っていたときに『スキーヤー出身でメディアに出ている人間はいない。長野オリンピックでウィンタースポーツが日本人に親しみやすくなった。長野オリンピックを語り継ぐ人になってほしい』と言われたことがきっかけでキャスターを目指した。

 

しかし、話すことが苦手だった次晴さんはアナウンススクールに通い、発声の勉強などをした。また、夕方のニュース番組などにおいて、スポーツコーナーを担当したときには『いいたいことを短くまとめて正確に伝える』『スポーツに詳しくない人にも分かるように、カタカナや専門用語を分かりやすく置き換える』など日々トークのスキルアップをするため、がむしゃらに頑張ったという

 

現役時代、そしてセカンドキャリアとして選択したスポーツキャスター。両方とも“苦労”しながら道を切り開いた。だからこそ『頑張る』『苦難を乗り越える』ということを多くの人に話していきたいと感じている。

 

最後に今後キャスターとしての『夢』を話してもらった

 

「近いところでいえば、2年後、2018冬季平昌オリンピック・パラリンピックのメインキャスターを務めることです。そうすると、すぐに2020東京オリンピック・パラリンピックです。そこでもメインキャスターを務められるように頑張りたいです。20年には、50歳を迎えます。人生の節目として、しっかりと目標を達成することができれば、このキャスターという仕事を、そのあとも頑張っていけるのではないかと思います」

 

取材・文/太田弘樹

 

(プロフィール)
荻原次晴(おぎわら・つぎはる)
1969年12月20日生まれ、群馬県出身。日本を代表するツインズアスリートとして双子の兄・健司さんと共にノルディック複合選手として活躍。長野五輪入賞。現在はスポーツキャスターとして多数のメディアに出演するほか、ウィンタースポーツをはじめ広くスポーツの普及活性に取り組んでいる。